騎手・武豊「4000勝」の数字が持つ意味 名手を突き動かす誇りと競馬愛、感謝の心

山本智行

社会人“同期デビュー”武豊との思い出

1990年有馬記念オグリキャップのラストランほか、武豊からはどれだけ驚きと感動をもらったことか 【写真は共同】

 学年は4歳違うが、恥ずかしながら社会人として“同期デビュー”でもある。初めてあいさつしたのは昔の阪神競馬場。彼が19歳で私が23歳だった。競馬の世界では彼の方が1年先輩で、いつも教えられることばかり。私にとっては常にヒーローか、アンチヒーローだった。

 2年目で初GI制覇となったスーパークリークの菊花賞、その後はシャダイカグラの桜花賞、そしてイナリワンの春天にオグリキャップのラストラン。どれだけ驚きと感動をもらったことか。

 余談ながら競馬を知らなかった私がこの世界にどっぷりはまり、POGでもときに恩恵を受けた。アドマイヤベガにディープインパクトの日本ダービー。エアグルーヴのオークスも忘れがたい。

 馬券の相性はどうみても良くなかった。だって勝ちまくっているNO.1ジョッキーに対し、こっちが一方的に逆らっているんだから当たるわけがない。しかし、何回かうまくかみ合ったときもある。代表例が単勝1.1倍のタイキシャトルが敗れた98年のスプリンターズS。いつの話やねん、と突っ込まれそうだが、このときシーキングザパールで挑む際に「怪物退治をします」と粋なセリフ。結果2着だったが、マイネルラヴとの馬連万馬券をゲットすることができた。

 こんなこともあった。タニノギムレットで勝った02年の日本ダービー。共同インタビューまでの準備で少し間が空いたとき「馬券取りました?」と話しかけてくれ、私が首をすくめると「相変わらず下手やなぁ」といじってくれた。多くの報道陣の中、恥ずかしかったけれど、なんだかうれしかったなぁ。

ひと言でいえば超人、でも少し脇の甘い人間味がいい

 話が脱線しかけたので元に戻す。彼の凄いところ、それは感謝の気持ちを常に持ち続けているところだ。1頭の馬には馬主、調教師、厩務員、さらに生産者、育成担当者など多くの人々がかかわっており、その思いを託されるのがジョッキー。もちろん、ファンがあってこそ、成り立っていることも視野の広い彼だから早くから理解していた。

「騎手でいる以上、ベストを尽くす。モチベーションが切れたことはないし、ファンに喜んでもらえるようなレースをしたい」

【写真:有田徹】

武豊の人間性の素晴らしさを物語るかのように、セレモニーでは多くの騎手仲間たちが「4000勝Tシャツ」で祝福し、弟の幸四郎調教師がボードを掲げた 【写真:有田徹】

 ここであらためて武豊ってどんな人なのか、考えてみた。ユーモアがあって、各界に驚くほど人脈が広く、チャレンジ精神をいつまでも持ち続けている。勝利への執念、あくなき向上心は半端なく、だれにも負けない忍耐力。ひと言でいえば超人のような存在だが、少し脇が甘いところも人間味があっていい。そう書くと、しかられるだろうか。

次は5000勝、そのときもまた目撃者でいたい 【写真:山本智行】

 いずれにしろ、彼を突き動かしているのは騎手としての誇り、そして競馬愛と感謝の心。思えば、2007年11月、好天の京都競馬1Rをスカイビューティーで勝ち、3000勝を達成したとき、こんなことを言っていた。

「まだまだ技術を磨かないといけない。自分自身を鍛えていけば4000勝も、5000勝も不可能ではないと思う。もっともっとうまくなりたい。次の目標は3001勝です」

 彼の辞書にリミッターはない。次は5000勝。どこの競馬場で挙げるのか。そのときもまた目撃者でいたいものだ。

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著者プロフィール

やまもと・ちこう。1964年岡山生まれ。スポーツ紙記者として競馬、プロ野球阪神・ソフトバンク、ゴルフ、ボクシング、アマ野球などを担当。各界に幅広い人脈を持つ。東京、大阪、福岡でレース部長。趣味は旅打ち、映画鑑賞、観劇。B'zの稲葉とは中高の同級生。

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