稀勢の里、モデルチェンジで復活なるか 「最強の左」失い、頼るは原点

荒井太郎

劇的優勝と引き換えに失った勝ちパターン

復活を期す和製横綱、稀勢の里。久しぶりの本場所でどのような取組を見せてくれるのだろうか 【写真は共同】

 8場所連続休場中の横綱稀勢の里が、9日に初日を迎える9月場所に出場する。次に出場する場所で進退を懸けることを明言していただけに、今場所は退路を断ち、背水の陣で臨むことになる。

 劇的な感動優勝を果たした平成29年3月場所で、左大胸筋を負傷。最大の武器である左おっつけが機能しなくなり、入門以来、日々の稽古で地道に磨き続け、ようやく完成を見ようとしていた自身の「型」の変更を余儀なくされた。三十路を過ぎ、しかも角界の頂点に昇り詰めながら、また一から「勝ちパターン」を構築していかなければならないことは、言葉では到底、言い表せないほどの肉体的、精神的な負担を強いたことだろう。

 それでも、逃げることなく、我慢強く、相撲人生最大の試練に真正面から向き合った。再起を目指す横綱は、立ち合いで左を差し込んで組み止める、ガチガチの四つ相撲に活路を見出そうとした。もともと左四つではあったが、それは左おっつけで相手の上体を起こし、脇が空いたところで左を差し込む、いわば押し相撲の延長上の左四つ。根っからの四つ相撲ではなかった。

新しい左四つ模索も、上位勢には通じず

 入門時の師匠、元横綱隆の里の鳴戸親方は稽古初日、15歳の萩原(改名前の稀勢の里)の蹲踞(そんきょ)する姿を見て「足首や膝が硬い。四つ相撲を取らせてはケガをする。押し相撲の力士に育てなければ」と直感したという。

 果たして、師匠の眼力に狂いはなかった。史上2位の若さで入幕したのも、やや時間を要したが賜盃も手にして綱を張ることができたのも、まずは立ち合いで相手を押し込み重心を浮かせたところで、そのまま押し込むか左を差してかいなを返して寄り立てる、自身の適性に見合った相撲を確立できたからだ。

 連続休場中の稽古では、立ち合いで素早く左を差し込む取り口に終始した。巡業では格下相手と肌を合わせ、新しい「型」を体に覚えさせようと稽古で奮闘する姿があった。しかし、うまく左が入ったときはいいが入らなければ苦戦を強いられ、まだ入幕間もない“ケンカ四つ”の朝乃山には差し負け、右四つを許して一気に土俵に詰まる場面も少なくなかった。

 やはり、左四つ一辺倒の相撲だけでは現状を打破することはできなかった。今年の5月場所前の稽古総見では大関取りを目指す栃ノ心に全く歯が立たなかった。立ち合いでいきなり左を差し込もうとしても、それだけでは相手に十分な圧力がかからないため、上位陣はさほど脅威を感じなかったに違いない。

 おそらく今年の5月場所で再起を期すつもりであったのだろうが、それも回避せざるを得なくなった。復活の期待を一身に浴びる、現役唯一の日本出身横綱の苦悩は続いた。

「周りは左四つとか言うけど……」

 7月の翌場所も休場となり、3場所連続全休となったが、夏巡業は初日からフル参加。当然、9月場所での復帰を目論んでの決断だ。ここでも幕内下位力士で“肩慣らし”をしながら、徐々に稽古相手のレベルを上げていく方法を取った。

 この巡業には、かつて自身が付け人に付いて相撲のイロハを教わった、元関脇若の里の西岩親方が審判として帯同した。時おり、稽古中に横綱に近づき、一言二言会話を交わす光景が何度も見られた。かつての兄弟弟子も今となっては部屋も違えば、立場も違う。興味津々の報道陣が同親方を囲んでも会話の内容を明言することはなかったが、巡業から帰京後の西岩親方はこんなことを言っていた。

「周りは左四つだとか言うけど、稀勢の里は押し相撲で上がってきた力士。その原点を思い出してほしい」

 現に巡業後半の稽古では左おっつけこそ見られなかったが、左差しにこだわることなく力強く相手を押し込む取り口が以前に比べ、格段に増えた。場所前の稽古では小結玉鷲や阿武咲といった押し相撲の実力者を圧倒した。ただ、その一方で大関豪栄道には懐に入られて劣勢に回るなど、関係者の評価は真っ二つに分かれた。それでも本人は「しっかり準備できた」と胸を張る。

 全てを懸けた戦いの火ぶたがいよいよ切られようとしているが、自身の原点に立ち返った相撲を取り切れば、試練の15日間は乗り越えられるはずだ。相撲ファンのみならず、日本中が“和製横綱”の命運を見守っている。
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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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