池江璃花子が見せた6日間での急成長 アジア大会6冠を生んだ心のコントロール

田坂友暁

勝負に徹したことで手にした6冠

100メートル自由形を制した池江は、青木智美(左)と健闘を称えあう。直後のコメントから、“勝負”に徹する姿勢がうかがえた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 だが、池江は最終日の50メートル自由形を制して、6冠を達成する。なぜ、これほどまでに疲労が蓄積されている状態でも、池江は勝ちきることができたのだろうか。そのヒントは、2日目に3つ目の金メダルを手にしたあとの言葉にあった。

「正直疲れもあって、ちょっと身体もきつくなってきたかな、と思うので、記録を狙うというよりは、今できる限りの良い記録で泳いで金メダルを取る、という目標に切り替えて頑張りたいと思います」

 池江にとって水泳人生の大きな目標は「自己ベスト更新」と言っても過言ではないほど、記録へのこだわりは強い。だが、このときばかりはその執着を捨て去り、“勝負”することを選んだのだ。

 事実、3日目以降に出場した100メートルバタフライ、4×200メートルリレー、4×100メートルミックスドメドレーリレー、4×100メートルメドレーリレー、50メートル自由形の5種目では、自己ベスト近くのタイムはマークするも、池江自身が驚くほどの好タイムをマークしていたわけではない。

 自分の状況、状態を冷静に把握して、気持ちと体をコントロールして勝負に徹する。これが選手にとって、どれだけ難しいことか。ましてや、池江はまだ18歳。そして、3年前にはじめてシニアの世界大会を経験したばかりの選手だ。そんな池江が、五輪を2大会くらい経験しているベテラン選手かのような、レースへの気持ちの作り方と準備の仕方、そして結果の出し方を行っているのである。

世界との勝負に必要な無邪気さと冷静さ

純粋な気持ちと冷静な気持ちをコントロールできてこそ世界と戦える。世界水泳選手権ではきっとさらに成長した姿が見られるはずだ 【写真:ロイター/アフロ】

 昨年の愛媛国体で、自分のレースが終わった直後にも関わらず、東京都チームのリレーの応援をするためにスタンドに笑顔で駆けていった、水泳大好き少女の無邪気さは、もちろんなくなっていない。

「正直気持ちは折れそうなくらい体はきつかったですけど、やっぱりこうやって金メダルを取ると喜びの方が大きくて、疲れを吹っ飛ばすという感じがあります」

 記録が出ること、結果が出ることが楽しくて頑張れる、という無邪気な気持ちは、正直なくしてほしくない。だが、世界と本気で勝負をして、世界一になろうと考えたら、その気持ちだけで成すことは不可能だ。

 世界水泳選手権で言えば、毎回2000人を超える選手たちが集結し、そのなかで頂点に立てるのは、個人種目だとたったの34人だけ。この2000分の34に入ろうとするならば、楽しさや記録を追い求める純粋な気持ちだけではなく、時には冷静に周囲や自分の状況を冷静に把握する能力、そして気持ちをコントロールして勝負強さを発揮する場面が必要である。

 池江は13レースをこなして6冠を獲得していくなかで、このセルフマネジメント能力を身につけていった。たった6日間でこれほどの急成長を遂げた池江ならば、来年にはさらに選手としての成長を遂げた池江の姿を見られるに違いない。そうなった暁には、来年の世界水泳選手権では、34人の世界一のなかの1人となっていることだろう。

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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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