1996年 「百年構想」誕生秘話<後編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」

宇都宮徹壱

「Jリーグ設立理念をあらためて周知させること」

電通の中でも「サッカー好き」ということでアサインされたという木村(左)と杉谷 【宇都宮徹壱】

 ここに、電通がJリーグに提出した「Jリーグ’96広報キャンペーンのご提案」のコピーがある。日付は「95.1.18」。阪神淡路大震災の翌日ということになるが、翌年の開幕に向けたキャンペーンの提案書となると、どう考えても時期が早すぎる。関係者が保管していた、当時の記録と突き合わせたところ、実は1996年1月18日が正しいことが判明した。これがプレゼンの当日。そして翌19日に、Jクラブの広報が集まる広報委員会で、電通のプレゼン案が正式に採用されている。

 このコンペに臨むにあたり電通は、国内外の広告賞を多数受賞している角田誠をにメーンのコピーライターに指名している。JR東海エクスプレスシリーズなどの仕事で知られる、押しも押されもせぬエース級を起用してきたところに「是が非でもJリーグの仕事をとる!」という電通の意気込みが感じられよう。もっとも角田は、プレゼンを含む重要な場面では表に出てくるものの、若手にも積極的にチャンスを与えていたようである。当時、4年目のコピーライターだった杉谷有二の証言。

「実はスタッフアサインの時も『サッカー好きなやつ、誰だっけ?』っていう話になって、『杉谷と(木村)史紅だろ」っていう感じで決まりました(笑)。実は僕たち、社内に『角田誠と電通ロマン』というサッカーチームを作っていて、サッカー好きというのはわりと知られていました。2002年ワールドカップの招致活動の仕事も『やりたいです!」って手を挙げてやらせてもらいました。ウチの場合、そういうノリはわりと重視されていましたね」

 当時の提案書のコピーをあらためて確認してみよう。まずキャンペーンの目的を「Jリーグ設立理念をあらためて周知させること」と明記。その上で「Jリーグは試合だけじゃない。/ホームタウン制/スポーツシューレ構想」という理念の要素、そして「理念は夢じゃない。/地域での活動例/成功例」という事実の要素の2つがあると分析している。ただ理念のみを連呼するのではなく、事実(ファクト)と合わせて発信していく。そしてそれらが、世間一般に共有されることができたなら、このキャンペーンは成功したと言えるのではないか──。電通は、そこまでを見越して提案していた。

「百年構想」と「あなたの町にも、Jリーグはある。」

 その上で、電通が提出したキャッチコピーは2案。すなわち、A案が「百年構想」、そしてB案が「あなたの町にも、Jリーグはある。」で、A案とB案のいずれかを選んでもらうことを想定していたという。この2つのコピーは、どのようなプロセスで生まれたのだろうか。杉谷に解説してもらおう。

「A案ですが、念頭にあったのは『われわれの目標は目の前ではなく、もっと先にある』という川淵さんの考え方ですね。そこから『ゴールはもっと先にある』、さらに『百年先にある』となって、最後はシンプルに『百年構想』となりました。B案のほうは、『Jリーグは単なるスポーツ興行ではなく、実は地元を活性化していく活動でもある』というメッセージをコピーに込めることにしました」

 このキャッチコピーに合わせるビジュアルとして、アートディレクターの木村が選んだのは、ストックフォト(当時はデジタルではなくポジフィルム)の中から、何でもない住宅街を俯瞰したような写真。なぜこれを選んだのか。木村の考えはこうだった。

「何でもない地域の風景であったり、一見するとサッカーとは関係のなさそうな人たちであったり。要するにサッカーとは関係あるけれど、サッカーそのものではないというイメージですね。それで選んだのが、東大阪の住宅街の写真。あとで聞いた話ですが、審査の時に東大阪だと分かった方がいらして、強く推してくれたそうです。ちょうど阪神淡路大震災の1年後、というタイミングも影響していたかもしれないですね」

 かくしてコンペの審査は、1月19日の広報委員会にはかられることとなった。その結果、電通のA案とB案の両方が採用され、B案のコピーとビジュアルをメーンとしつつ、A案は「Jリーグ百年構想」として小さく添えられることになった。それにしても、広報委員会でB案の写真を強く推したのは、いったい誰だったのだろう。同席していた藤ノ木によれば、田口章利というヴェルディ川崎(当時)の広報部長であったという。

「どれがいいか議論していた時に、田口さんが『この写真が百年構想のコンセプトに合っている』とおっしゃったのをよく覚えています。もともと読売新聞社会部のご出身で、そこからヴェルディに出向されていました。川淵さんと渡邉恒雄さんのこと(ヴェルディ川崎の呼称問題)もあって、Jリーグと対立しているように見られていた読売の田口さんが、実はJリーグの理念をすごく理解されていたんですよね。当時はそれが、少し意外に感じられましたが」

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著者プロフィール

宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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