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アジア大会は「対応力」が試される場
森保兼任監督が語る強化プラン<後編>

兼任のメリットを生かし、最高のチーム作りを

森保監督は兼任監督のメリットを最大限に生かしながらチーム作りを進める
森保監督は兼任監督のメリットを最大限に生かしながらチーム作りを進める【スポーツナビ】

――A代表監督と兼任するメリットとして、東京五輪世代にOAを加えて国際Aマッチを戦うこともできます。


 もちろん構想の1つとしてあります。これまでは東京五輪に向けての活動にどうOAを組み込んでいくかという議論が多かったと思いますが、A代表に東京五輪世代を加えてチームを作っていく逆の発想もできますよね。(兼任監督である)メリットを最大限に生かしながら、東京五輪で結果を出せるように最高のチーム作りができるようにしたい。そして、日本のサッカー、A代表のレベルアップにつなげたい。世代交代ばかりが叫ばれがちですが、僕はまず世代間の融合をしながら、その中で若い選手たちの中から経験のある選手を超えていく選手が出てきてくれればと思っています。


――自然と五輪世代がA代表に食い込んでいければベストですが、A代表での活動を通じて刺激を加えることもできるということですね。


 あまりにもレベルがかけ離れていれば無理な相談ですが、そのチャンスを与えてもいいと思える選手はA代表の経験をさせて、成長につながるようにしていきたいですね。それは代表自体のレベルアップにもつながりますし、Jクラブや大学などそれぞれの所属チームでの成長にもつながると思っています。


 僕らがJクラブや大学から選手をお借りするのは、まず代表チームのためなのは確かですが、(選手が)自チームに戻ったときに少しでもチームのプラスになってほしいという思いもあります。その選手を通じて他の選手が刺激を受けて、チームの活動がポジティブになってほしいんです。それぞれのチームと協力しながら、選手が伸びていく関係を作れるようにしたいです。

五輪世代の選手たちのアグレッシブさを引き出す

W杯に帯同したU−19代表組は、練習や試合を通じて良い刺激を得た
W杯に帯同したU−19代表組は、練習や試合を通じて良い刺激を得た【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――森保さんが何も言わなくても、アジア大会で「A代表に入ってやる!!」という気持ちで向かってくる選手が欲しいですね。


 野心を持って、ギラギラ感を持って合流してきてほしいですね。そして「A代表の先輩から教えてもらおう」という姿勢ではなく、「先輩を超えてやる」というハングリー精神を見たいです。


――W杯に帯同したU−19代表組に話を聞いたのですが、試合を観て練習を共にして、感じる部分があったようです。


 そういう効果が出るような活動や環境作りをこちらも少しでも増やせればと思っています。U−19の選手たちはロシアですごい経験をしました。生活面など大変だったと聞いていますが、A代表の選手との差も感じることができたと思うので、より上を目指してほしいですね。一緒に練習試合をした経験は財産ですし、A代表の選手をすごいなと思いながら、「俺のほうができる」と感じた選手だっていると思いますよ。紅白戦でもアグレッシブに戦う姿勢を見せてくれたので、彼らだけでなくA代表の選手にとっても良い刺激だったと思います。


――試合を見るのも良い経験だったようです。サポーターの涙を見て、代表が背負っているものの大きさを感じた選手もいたようですし。


 そうですよね。何より良い試合をしているのを見ていますからね。W杯はどの国の選手も国を背負って戦っていますし、サポーターもそうした思いを背負っています。グループステージの3戦目でポーランドと戦いましたが、決勝ラウンド行きの望みがないチームも最後まで戦っているんです。それは国を背負って戦う気持ちの表れであって、もちろんプレッシャーはすごいとは思いますが、国を背負って戦える幸せや喜びを感じてピッチに立てるようになってほしい。U−19の選手たちはそこが明確になったのは良かったと思います。日程が合えば、U−21の選手も連れていきたかったです。


――東京五輪でも熱い戦いを期待しています。


 今は選手が入れ替わりながらやっていますが、徐々にコアが明確になるにつれて変わっていくと思います。世界を相手に「ビビる」という言葉は選手に絶対、吐かせないようにしたい。五輪世代の選手たちのアグレッシブさは、自分の感覚ではまだまだ足りていないように思います。アグレッシブさを引き出すため、戦術的にどういう働きかけをすれば良いかも、もっと考えなければいけません。よりタフに戦えるようにしていきたいと思っています。

川端暁彦
川端暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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