“空手界のカリスマ”に連勝中の男 父は元世界王者、福岡出身の22歳・西村拳

岩本勝暁
 2020年東京大会そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートを紹介する連載企画「未来に輝け! ニッポンのアスリートたち」。第27回は福岡県出身、空手の西村拳(チャンプ)を紹介する。

世界選手権V5のアガイエフに4連勝

東京2020五輪で新たに採用される空手。福岡出身の西村拳は、2年後の大舞台に向けて着実に成長を重ねている 【写真:アフロスポーツ】

 伝説の世界王者を本気にさせた。違う。その目は殺気を帯びていた。怒らせたのだ。そう解釈した方がいい。相手は世界選手権を5度も制した空手界のカリスマ、ラファエル・アガイエフ(アゼルバイジャン)である。
 西村拳は勝った。正々堂々と戦い、そして、勝った。

 最初の勝利は2016年9月、ドイツのハンブルクで行われた「KARATE1プレミアリーグ」だ。準々決勝で対戦した。

「当時の僕はまだ無名で、誰がどう見てもアガイエフが優勢でした。そんな中、僕が中段蹴りで先行して2−0に。さらに、アガイエフが焦り出したところで投げ技を決めて5−0で勝ちました。会場中がスタンディングオベーションでした」

 この勝利で勢いに乗った西村は順調に決勝まで進みプレミアリーグを初制覇。日本の空手界にセンセーションを巻き起こした。翌17年は世界空手連盟(WKF)が主催する「シリーズA」で勝った。舞台はトルコ。完全アウェーの中、アガイエフから反則を誘った。
 18年は、プレミアリーグのパリ大会、ロッテルダム大会でも勝っている。
「4回目の対戦にもなると、アガイエフもスタイルを変えてチャレンジしにきていると感じました。10歳も下の若造に負けて悔しかったのでしょう。今年に入って、アガイエフは僕以外の選手に負けていません。対峙(たいじ)するたびに、異様なほど殺気立っています」

 4連勝。謙虚に、貪欲に1点を取りにいく姿勢が、勝ちにつながった。普段は紳士的なアガイエフが、ついに礼を欠く。試合後の握手に応じてもらえず、差し出した右手も払いのけられた。武士道精神でも完膚なきまでに打ち負かしたのである。

線が細かった幼少期 元世界王者の父とともに成長

父と過ごした“空手漬けの日々”が、西村の土台となっている 【写真:アフロスポーツ】

 子どもに夢を与えるヒーロー、例えるならそんな存在だ。物心がついた時から道着を着ていた。元世界王者の父・誠司さんの手ほどきを受けて育った。3人兄弟の末弟。さぞかし大事に育てられてきたことだろう。ところが、子どもの頃は練習が嫌で、道場の隅で泣いてばかりいた。線が細く小さな体。肌が白くて女の子のようで、血を見るのも怖かった。

 人生の決断を迫られたのは、中学に入った頃だ。空手か、それとも塾か。父から二者択一を迫られる。

「塾はやめてもいい。その代わり、空手を真剣にやりなさい」

「はい」

 勉強嫌いだった西村に迷いはなかった。それからは空手漬けの日々。父とランニングをしたり、近くの公園でミット打ちをしたりした。はじめは女子選手に負けることもあったという。それでも週末になれば、セミナーを開く父に無理やり大人の相手をさせられる。血だらけになりながらスキルを磨き、少しずつ恐怖心を克服していった。

 中学を卒業すると地元の福岡を離れ、宮崎第一高に進学。だが、1年生の頃は結果が出なかった。体格差が顕著に現れたのだ。スランプに陥り、実家に帰って父と腹を割って話し合ったこともある。

「相手の土俵に乗るな」

 印象に残っている父の言葉だ。

「日頃から口癖のように言われていました。特に自宅で試合のビデオを見ながら反省会をする時ですね。『これは相手に誘われているから突かれるんだぞ』といった感じで言われていました」

 2年生に上がった頃、ようやく先輩と互角に戦えるようになる。インターハイの個人と団体で優勝を果たした。国体で2連覇を達成するなど、瞬く間に頭角を現した。
 名門・近畿大に進んだ。ナショナルチームのホープとして数々の国際大会で活躍。そして、16年8月、空手界にうれしいニュースが舞い込んでくる。空手が東京五輪の追加種目に認定されたのだ。

「決まった時は喜びました。それまで五輪は、テレビの中の存在でしたから。それに出られるチャンスがあると考えるだけでワクワクした。他の競技の方から『(五輪には)魔物がいる』という話も聞きました。もちろん楽しみな舞台ですが、一人の人生としての大きな挑戦になる。その意味でもしっかり頑張りたいと思います」

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著者プロフィール

1972年、大阪府出身。大学卒業後、編集職を経て2002年からフリーランスのスポーツライターとして活動する。サッカーは日本代表、Jリーグから第4種まで、カテゴリーを問わず取材。また、バレーボールやビーチバレー、競泳、セパタクローなど数々のスポーツの現場に足を運ぶ。

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