錦織圭「ここから這い上がらなくては」
ノーシードでの戦いを経て全仏へ

ノーシード選手としての出場「楽ではないです」

ノーシードの立場で試合を戦い続ける錦織。「楽ではない」が、その表情は充実感に満ちている
ノーシードの立場で試合を戦い続ける錦織。「楽ではない」が、その表情は充実感に満ちている【Photo:ロイター/アフロ】

「ありえない日常」――彼はこの約1カ月の日々を、そのような言い回しで表現した。


 マスターズ大会の連戦となった5月初めのマドリード・オープンでは、1回戦で元世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)と対戦。翌週のBNLイタリア国際(ローマ)では、2回戦で世界ランキング4位のグリゴル・ディミトロフ(ブルガリア)と当たった。


 約半年の戦線離脱によりランキングが落ちたため、クレーコートのマスターズ3大会は、いずれもシードがつかない中での参戦。2012年以降トップ20にほぼ定着し、マスターズやグランドスラムでシード選手として過ごすことを“日常”としてきた錦織圭(日清食品)には、大会序盤で上位勢との対戦が続く現状は、忘れかけていたツアー生活の非情だ。


「そうですね。厳しいですね。1回戦か2回戦は必ずシードが来るし、トップ10の選手とやらなくてはいけなかったりするので、楽ではないです」


 先週のローマ・マスターズで、ノーシードのつらさを素直に口にする錦織は、同時に「ここから這い上がっていかなくてはいけない」と決意も新たにした。4月上旬に36位まで落ちた時には「32位以内に入らなくては」と思ったが、モンテカルロ・マスターズで準優勝し、ランキングも20位まで上がると、「16」以内への思いが強くなった。さらには大会を重ねるうちに、強さを増すのが「なんといっても、8位以内に入っていないと」との思い。


「特に(トーナメントの)2週目に入っていくには、体力的なことも考えると、8位以上というのはすごく大きい」


 それが今、非日常的な日常を送るなかで、錦織が再認識した事象である。

錦織のプレー改善に海外記者「単に戻ってきただけではない」

4月のモンテカルロ・オープンで決勝進出を決め、喜ぶ錦織
4月のモンテカルロ・オープンで決勝進出を決め、喜ぶ錦織【写真:Shutterstock/アフロ】

 もうひとつ、長期離脱から戻ってきた彼が今、再び獲得したものがあるだろう。それは、挑戦者として上位勢に挑み、彼の言葉を借りるなら「這い上がっていく」高揚感だ。


 ローマでの彼は、「楽しみ」という言葉を幾度か繰り返した。2回戦のディミトロフ戦にも、「ある意味楽しみな気持ちで試合に入った」という。モンテカルロの準優勝により自信を得たことで、「相手が誰であろうと勝てそう」な気持ちを徐々に取り戻した。さらには自信を勝利へと結びつけることで、純然たる喜びと次なる目標設定が生まれていく。

「気持ち的にポジティブ」という心情は、3時間の死闘となったディミトロフ戦に代表される勝利への執念のみならず、ファンへのサインや写真撮影に笑顔で応じる姿にも映し出されていた。


 改良中のサーブのフォームも、けががもたらした変化のひとつである。変更を決意したきっかけは、長期離脱の原因である手首の腱の脱臼が、スピンサーブの練習中に起きたこと。新フォームが目指す第一義は当然、手首への負担の軽減とけが再発防止にある。加えて錦織は、右足を軸足に引き寄せることなく、肩幅ほどに開いたまま打つ今のフォームにしてから、純粋に「打ちやすくなった」と言った。今季のここまでのファーストサーブ成功率は57%で、ポイント獲得率は69%。これはキャリア通算の数字と比べれば低く、まだまだ、新サーブを自分のものにできているとは言い難い。


 だが「もうちょっと長い目で見ないと」と本人が言うように、慣れるのに時間が掛かるのは覚悟のうえ。短期的な結果を求めるのではなく、長期的視野に立ち試行錯誤しながら、新フォームの完成を目指している。サーブを変えた錦織の姿を見て、今回の欧州クレーコート大会を取材していたドイツ人記者は、こう言った。


「今年は、多くのトップ選手たちがけがからの復帰で苦しんでいるけれど、単に戻ってきただけではなく、目に見えるプレーの改善に取り組んでいるのはケイくらいだよね」

“いるべき場所”を目指して

審判とコミュニケーションをとる錦織(左)。27日開幕の全仏では「気持ち的にポジティブ」な錦織の戦いに期待が高まる
審判とコミュニケーションをとる錦織(左)。27日開幕の全仏では「気持ち的にポジティブ」な錦織の戦いに期待が高まる【Photo:ロイター/アフロ】

 ローマ大会での錦織は、準々決勝でジョコビッチにフルセットの接戦の末に敗れた際、ただただ、悔しさを口にした。


「確実に勝てた試合」を逃した理由として「判断ミス」や「メンタルの弱さ」という言葉を絞り出すも、すぐに「何を言っても言い訳になってしまう」と自分をいさめるように言う。けがや半年のブランクなどは、この時の彼の頭には一切ないようだった。

 きたる27日開幕の全仏オープンは、錦織にとって、昨年のウィンブルドン以来のグランドスラムとなる。


「復帰して初めての5セットマッチなので、難しいところもあると思う」と一抹の不安を覗かせるも、「久しぶりのグランドスラムで、自然と気持ちが高まるところもあると思う。良い結果を出したい」と続けた。


 16シード外として迎えるグランドスラムは4年ぶりで、3回戦で上位選手と対戦する可能性が高い。これも「ありえない日常」の一つだが、それをありえないと感じるのは、自分がいるべき場所はここではないと、ごく自然に思えているからだ。そんな彼が、いつもと異なるルートから頂きを目指すことで見つかる、新たな道や手法もあるだろう。


 だからこそ今大会の錦織の戦いは、いつにも増して趣深く、日常では得られない彩りに満ちたものになる。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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