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「中途半端な人間にはなりたくない」
友野一希を変えたスケート人生の転機
シニア1年目で大躍進を遂げた友野一希が、自身のスケート人生を語ってくれた
シニア1年目で大躍進を遂げた友野一希が、自身のスケート人生を語ってくれた【スポーツナビ】

 友野一希(同志社大)に、自身のフィギュアスケート人生を振り返ってもらうと、20歳の新鋭は苦笑いを浮かべながらこう語った。


「僕はジュニア時代にけっこう苦労した選手で、最初の4年くらいはなかなか飛躍できなかったんです」


 実際、ジュニアグランプリ(JGP)シリーズの派遣メンバーを決める選考会では3年連続落選。なかなか芽が出ず、友野も「心が折れていた」と言う。しかし、2015−16シーズンに初めてその選考会に通り、JGPシリーズを経験すると、そこから2年後の今季はシニアデビューを果たす。そして、羽生結弦(ANA)の欠場と無良崇人(洋菓子のヒロタ)の引退により、繰り上がり出場した今年3月の世界選手権では5位に入るなど、大躍進を遂げた。


「ジュニア時代の苦労が今につながってうれしい」。そう話す友野は冷静かつ力強く未来を見据えている。

自分はもっともっとうまくなれる

初出場となった世界選手権では5位。「もっともっとうまくなれると感じている」と自信も出てきたようだ
初出場となった世界選手権では5位。「もっともっとうまくなれると感じている」と自信も出てきたようだ【坂本清】

――シニア1年目は大躍進のシーズンでした。


 僕自身もすごく飛躍できた年になったと思います。自分が思っていた以上の結果でしたし、予想以上に早く自分が理想としているスケート像、理想としていたスケーターに近づけたのではないかなと感じています。


――世界選手権では素晴らしい演技で5位に入りました。急きょ巡ってきたチャンスでしたが、聞いたときはどう感じましたか?


「準備しておくように」とは言われていました。(出場が)決まるまでは半信半疑であまり気持ちの整理がつかない状態だったんですけど、今までもこういう経験はありましたし、大会の2週間くらい前に正式決定した瞬間にはすぐ気持ちを切り替えて、試合に向けてやるだけでした。


――世界選手権での目標はどこに置いていたのですか?


 目標としてはショートプログラムを通過して、あわよくば15位以内と考えていたくらいです。ショートを通過すればGPシリーズの1大会に出場する権利をもらえるので、本当にそれだけでした。


――ショートの演技が終わった瞬間、涙を流すシーンもありました。


 ショートの日はすごく不安でした。フリースケーティングはのびのびと滑れたのですが、ショートは一つ失敗したら終わると思っていたので、自分に対するプレッシャーが大きかった。この結果でたぶんこの先のスケート人生も変わってくるし、ここでやらないと間違いなくGPシリーズの出場権ももらえない。もし失敗したらこの先のスケート人生で失うものが大きいと思っていました。それが一番怖かったので、終わった瞬間はひと安心したというのが涙となって表れたんだと思います。


――まさに世界選手権の結果で、スケート人生が大きく変わったのではないかなと思います。ご自身の中で具体的に変わった部分はありますか?


 やはり自覚が出てきたと思います。世界選手権5位という結果なので、それにふさわしい選手にならなければいけないと気持ちも変わってきましたし、今回は他の選手の失敗もありましたが、それでもシニアで少しは通用したということが自信になりました。今の自分の全力であれだけの点数(合計256.11点)が出せましたし、自分にはまだ技術が足りないと思っているので、そこを伸ばせばより点数を出せるという希望も見えてきました。今はとてもスケートが楽しいです。本当にもっともっとうまくなれると感じています。

ターニングポイントとなった世界ジュニア

スケート人生のターニングポイントになったという2016年の世界ジュニア。世界のレベルを知ったことで、成長のきっかけをつかむことができた
スケート人生のターニングポイントになったという2016年の世界ジュニア。世界のレベルを知ったことで、成長のきっかけをつかむことができた【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

――自覚が出てきたということですが、具体的には行動にどう表れていますか?


 練習に対する気持ちが変わりました。あとは私生活でも人に見られることが多くなりつつあるので、人としても成長していく必要があると感じています。それは間違いなく競技にもつながってくると思うし、僕は中途半端な人間にはなりたくない。人としても、アスリートとしても、尊敬される選手になりたいので、それを心掛けて日々生活していきたいと思っています。


――これまでのスケート人生で、友野選手にとってターニングポイントとなった出来事はありますか?


 2年前の世界ジュニア選手権で、山本草太選手(中京大)が出発直前の練習でケガをして、今回の世界選手権と同じように補欠の僕が出場という形になったのですが、それが一番自分のスケート人生を大きく変えた大会になったのは間違いないです(結果は15位)。そこで初めて世界大会を経験をして、世界のレベルを知り、自分が悔しいと思えたのが成長できたきっかけだと思います。実際にその大会から成績もぐんと上がりました。自分は経験を重ねることで成長できるタイプなのかなと今は思っています。


――スケート人生で一番うれしかった出来事は何ですか?


 たくさんあるんですけど、一番はやはり世界選手権で点数が出た瞬間ですね。そこに自分のスケート人生すべてが詰まっているのもあるし、僕は結構冷静だったのですが、平池大人コーチがかなり横で喜んでいたので、それもうれしかったです。


 他に印象に残っていることとしては、僕はジュニア時代にけっこう苦労した選手で、最初の4年くらいはなかなか飛躍できなかったんですね。JGPシリーズもずっと選考会には呼ばれていたんですけど、3年連続で落ちて派遣されなかった。たぶんそんな選手、僕以外ほとんどいないんじゃないかというぐらいです(苦笑)。それでも挑戦して、心が折れながらも4度目の選考会で初めてJGPシリーズの派遣選手に選ばれた瞬間というのはすごくすごくうれしかった(2015−16シーズン)。僕だけ落とされたということもあって、一人でとぼとぼ帰るという悔しい思いをしていたので、やっと少しは成長できたなと感じられる瞬間でした。


 そしてその次のシーズンは、JGPシリーズ2大会の出場権をいただきました。2年前までは落とされていたのに、そのころにはジュニアで一番と言われるぐらいに期待をされていた。ジュニア時代は本当に苦労しましたが、最後に成長できたし、それが今につながっているというのもうれしかったことですね。

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