スペインの「らしさ」はこうして育まれた 勝利の10年につながった協会の成功モデル
スペインサッカー協会が下した日本と「真逆」の決断
10年W杯南アフリカ大会で優勝するなど「勝利の10年」を過ごしてきたスペイン代表 【Getty Images】
今回の日本サッカー協会とは真逆の決断をしたという意味で思い出されるのが、スペイン代表である。2012年4月、スペインサッカー協会はビセンテ・デル・ボスケ監督(当時)との契約更新を発表した。理由は「ユーロ(欧州選手権)2012の予選突破を果たしたから」。これはユーロ本大会でどんな成績に終わっても監督を支持する、という決意表明でもあった。
協会は10年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会前にも、予選突破したタイミングでデル・ボスケとの契約をW杯後まで延長すると発表している。この2つの決定に込められた「ノルマは本大会出場であって大会で結果を出すことではない」という協会のメッセージには注目すべきだろう。
W杯優勝、ユーロ連覇の経験があるスペインにして“最低ベスト8”とか“グループステージ突破”などの目標や希望を協会関係者が口にするのは聞いたことがない。かつて監督人事の最高責任者、スポーツディレクターのフェルナンド・イエロ(元レアル・マドリー)にインタビューをしたことがあるが、大会前に必要なのは「落ち着きのメッセージを伝えること」と強調していた。「盛り上がるメディアやファンの膨らむ期待を抑えて、代表チームをプレッシャーから守るのが協会の仕事なのだ」と。契約更新によって信頼を与えられたデル・ボスケと、落ち着いて大会の準備ができたチームは、10年のW杯、12年のユーロでともに優勝を飾ることになるのは、ご存じの通りだ。
代表監督の人事に関してはデリケート
08年、代表監督に任命されたデル・ボスケ(左)とイエロSDの2ショット(右) 【写真:ロイター/アフロ】
日本人に比べるとスペイン人は繊細さに欠ける面があるが、こと代表監督の人事に関しては、スペイン協会は非常にデリケートだった。ロシア行き直前に新監督とチームにこれ以上ないほどの重圧を与えてしまった日本協会とは対照的に……。サッカーが国技であるスペインメディアの代表チームへの注目度は日本の比ではない。だからこそ、世論を操作することに関してはスペイン協会の方が慎重だし、慣れているということかもしれない。
もっとも、実績のあるスペインとない日本では協会の対応の仕方に差があるのは当然かもしれない。デル・ボスケを信頼できたのは10年W杯と12年ユーロの優勝監督だからだろうし、ハリルホジッチと心中できなかったのは予選と親善試合、あとは選手の意見くらいしか判断材料がなかったからでもあるのだろう。デル・ボスケ就任前からすでにスペインは良い流れに乗っていたのだ。前任のルイス・アラゴネスがユーロ2008で優勝していたから、後任のデル・ボスケに対しては「南アフリカW杯予選突破がノルマ」と悠長に構えていられたし、本大会はどこまで行けるかの力試しにすぎなかった。
ちょうど10年前、08年のユーロ制覇からスタートして3冠を獲得したスペインの10年間はいわば“勝利の10年”であり、基本的に協会の姿勢は現状維持でよかったし、日本のように試行錯誤や改革の必要性はなかった。もし、無敵艦隊とは名ばかりの“有敵艦隊”だったころ、W杯やユーロでさっぱり勝てなかったころなら、協会の判断はもっと近視眼的でラジカルなものになっていたに違いない。
そう考えると06年2月、ユーロ予選で苦戦し、解任寸前だったアラゴネスを留任させた協会の決断は決定的だった。結果論ではあるが、ここで首を切っていたら直後のユーロ2008優勝はなく、勝利の10年は丸ごと水の泡になっていたのではないか。そうなれば今ごろ、代表監督の人事で大騒ぎしている国は日本だけではなかったかもしれない。