初Vのダニエル太郎、父から学んだ人生観「テニスは人生を楽しむ手段」

内田暁

優勝は一瞬の出来事「これで人生が変わるわけではないですから」

粘り強くラリーを続け、ついに優勝をつかみとったダニエル。父は「一つ壁を壊せたプレーをできていたのが良かった」と、息子の成長を喜んだ 【写真は共同】

 ジョコビッチを破った後もそう言い、地に足をつけ日々「上達し続ける」ことを目標としていたダニエルのもとに、優勝につながる吉報が舞い込んだのはポルトガルのエストリルにいた時のこと。当地でのツアー予選に出るべく準備を進めていたが、同時期にトルコで行われるイスタンブール・オープンのツアー本戦にギリギリで入れたというのだ。急きょ飛行機に飛び乗り、現地に着いたのは開幕2日前の夜。やるべきことを整理し挑んだ初戦で快勝を手にすると、2回戦、そして3回戦と、戦うごとに調子を上げていった。

「最初の2試合は、サーブも良くベースラインから下がらず打っていました。相手のドロップショットへの反応も練習していた通りにできていたし、ボレーも使えていた」

 練習の成果をコート上で発揮する息子を見て、父は「優勝すると思ったわけではないですが、チャンスはあると思っていました」と言う。特に準々決勝以降は、相手のミスを待つのではなく、長いラリーを耐えながら、自ら組み立てチャンスや活路を見いだしていた。

「一つ壁を壊せたプレーをできていたのが良かったです。太郎の進化が見られて……」

 父を何より喜ばせたのは、息子の成長した姿だった。

 ツアー初優勝を手にした夜は、ルームサービスでささやかな祝勝会を開いた。父親は翌日早朝のフライトで出張先に向かわなくてはならず、ダニエルもすぐに次の大会が待っている。どんな快挙も次の瞬間には過去になるのが、ツアーを転戦するテニスプレーヤーの現実だ。「僕もうれしいし太郎もすごく喜んでいました。それでも、これで人生が変わるわけではないですから」とポールさんは言った。
 そのような父の薫陶(くんとう)は、息子の胸に深く染み込み、彼の哲学や人生観の核となっている。今回の優勝後の会見で「今後の目標」を問われたダニエルは、次のように答えた。

「目標は、自分のテニスを改善し続けていくこと」

 ダニエルが、勝利や優勝を手にして覚える喜びは、少年時代に地元の大会で勝った時と、今もさほど変わりはないという。
 テニスは、人生を楽しむ手段――父が教えてくれたその真理を道標に、長い旅は続いていく。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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