きっかけはダニエル、西岡の奮闘 日本テニス界が若手の海外派遣を決めた訳

内田暁

1年前のニューヨークで実感したこと

スペインを拠点にキャリアを重ねるダニエル太郎。日本テニス界期待の成長株だ 【写真:アフロ】

 昨年の全米オープン予選時のことである。ダニエル太郎(エイブル)、そして西岡良仁(ヨネックス)の2選手が予選を突破したとき、日本テニス協会(JTA)の植田実強化本部長は、神妙な面持ちでつぶやいた。

「われわれに課題を突き付けられているようですね」

 当時18歳の西岡は、これがグランドスラム予選初挑戦。ダニエル太郎も同じく昨年から予選に挑戦し、全米は4度目のトライだった。その若い2人が、それまで多くの日本人が跳ね返され続けていた予選の壁を、力強く打ち破った。

「日本人は、良い素材は持っている。環境次第で良い選手になれることを、2人は証明してくれた」

 ダニエルは、10代前半からスペインのバレンシアを拠点とし、自分のペースで着実に実績と実力を積み重ねている。以前はトップ10プレーヤーのダビド・フェレール(スペイン)ともよく練習していた。またダニエルの試合の客席には、同じアカデミーに在籍する女子のトップ選手、サラ・エラーニ(イタリア)の姿もよく見られる。

 西岡も中学生の時に米国・フロリダのIMGアカデミーに留学し、10代のころから北中米のトーナメントを回ってきた。アカデミーでは、錦織圭(日清食品)と練習する機会も多い。また「ジュニアからシニアに移行する前に、300位前後の世界ランキングに達すること」を一つの目安として、一般レベルの大会にも多く参戦してきた。

 昨年のニューヨークで植田氏がこぼした言葉は、ダニエルや西岡の姿を見ることで、海外経験の重要性をあらためて実感したがゆえのものである。

海外経験を積んでメンタルの壁を取り除く

錦織と同じくIMGアカデミーで腕を磨いた西岡。今年の全仏オープンでも予選突破を果たすなど奮闘した 【Getty Images】

 それから約9カ月――奇しくも、再びダニエルと西岡が全仏オープンでそろって予選を突破したそのころ、植田氏は「JTA特別ジュニア強化プラン」を発表した。これは、16〜17歳の選手男女4人ずつを、9月から11月までの約3カ月間、スペインに派遣するというもの。提携先は、バルセロナのBBTテニスアカデミー。派遣選手は、国内外での実績を参考に選出していく予定だ。

 このプラン最大の目的を、植田氏は「ジュニアからシニアへのスムーズな移行」であると強調する。ゆえにスペインに派遣するジュニア選手たちも、留学中は賞金総額1万ドルや1万5千ドルのITFトーナメント(ジュニアではなく、プロも参戦する一般の大会。ATPやWTAツアーの下部大会に相当する)に参戦させていく予定だ。

 ダニエルや西岡のアドバンテージの一つには、10代のころから欧米の一般トーナメントに出場し、あらゆる国の選手たちとしのぎを削ってきた経験がある。もちろん日本の選手も、17歳のころから日本国内のITFトーナメントなどに出場はしているが、そこでの参戦選手は7〜9割が日本人。プレースタイルや性格も熟知した、旧知の仲の選手との対戦が多くなるのが現状だ。対して欧米では同レベルの大会でも、さまざまな国の、多様なテニス文化をバックグラウンドとした選手たちが集う。かつてツアーのトップレベルで戦った選手たちが、ケガなどでランキングを落としたために参戦していることもある。

「日本人が大半を占める国内の大会と海外の大会では、得られるものが大きく違う。欧州には、いろんな国のいろんなスタイルの選手がいる。そこで戦うことで、日本の選手たちにも若いころから『ここで食べていくんだ』という意識を植えつけたい。やはりダニエルや西岡を見ていると、引き出されるものが変わってくるというのは感じた。彼らも14〜15歳までは日本でやっている。海外経験を積んでメンタルの壁を取り除けば、チャンスは広がる」

 全仏オープン本戦でのダニエルや西岡の奮闘を目にした植田氏は、そう言葉に力を込めた。

追い風が吹く今だからこそ

植田氏(右)は5年後の東京五輪の先も見越して、この強化プランを打ち出した 【写真:アフロスポーツ】

 この時期の「強化プラン」発足となると、2020年の東京五輪に向けたものと思われがちだが、植田氏は「その先をも視野に入れている」という。現実的に、男女ともに20代後半でピークが訪れる昨今のテニス界では、現在16〜17歳の選手たちが、5年後にピークに達する確率は高くない。それでも、日本テニスに追い風が吹く今だからこそ、長期的なビジョンと強化策の永続性を目指して、植田氏たちは今回のプランを立ち上げた。

「リスクを負ってやっていこう」

 その理念を合言葉として――。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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