トラックレースをマラソンにどう生かす? 各自の方法論で挑んだ、のべおかの戦い

折山淑美

東京での悔しさを生かした井上

「ゴールデンゲームズinのべおか」の男子5000メートルAで優勝した井上大仁(右) 【写真は共同】

 マラソンへ向けてのトラックレース――。5月5日に開催された「第29回ゴールデンゲームズinのべおか」(宮崎・西階陸上競技場)は、そんな選手たちの走りが目立つ大会だった。

 その口火を切ったのが男子5000メートルAで優勝した井上大仁(MHPS)だった。レースはマチャリア・ディラング(愛知製鋼)がペースメーカーを務め、13分40秒前後を見据えた展開。終盤は佐藤佑輔(富士通)が大きく後続を引き離して逃げ切り優勝を決めたかに思えたが、ディラングが外れたラスト200メートルからは複数選手が激しい追い込みをしてゴール前でスプリント合戦になる混戦。そこで3人の追走集団の中から抜け出し、ゴール前でトップに立って自己ベストの13分38秒44で飛び込んだのが井上だった。

 2月の東京マラソンを2時間06分54秒で走って5位になって以来のレース。8月のアジア大会(インドネシア・ジャカルタ)を目指し、5月末からマラソン練習に入る予定だ。
「スピード練習は全然やっていなくて、1週間前は今日のレースのペースより遅いペースで走ってもすごくきつくて、ついていけませんでした。この1週間で調子は上がってきたのですが、13分台が出せればいいかなというくらいで、気持ち的にはそんなに入れ込んではいませんでした。マラソン練習につながるいいスピード練習になればいいかなと思っていたし、練習でもスパイクを履いてというのもなかったので。それでもこのくらいで走れるんだなと自信になりました」

 自分の走りに関しては飛び出した佐藤に差をつけられた時に、一瞬気持ちが切れかけたことを反省する。
「やはり先頭で行って最後の上がりで勝つというレースをしなければいけないので、その辺りを考えれば勝てたけれど、もうひとつかなと思う」

 それでもラスト100メートルで粘り切れたのは東京マラソンで設楽悠太(Honda)に逆転されて以来、気持ちを切れさせてはいけないと思い続けていたからだ。
「あの悔しさを生かせているんじゃないかなと思います。ただ今後世界と勝負するにはそれを継続していく必要はあると思うし、十分な準備ができていなくてもこのくらいは最低限必要なのかなと思うので。地力を上げていくというのはできているのかなと思うし、本当にトラックのスピードというより、マラソンのための強化という感じでやれていると思います」。その点では自信になるレースになった。

 また井上より後ろの位置から追い込んで13分39秒31の自己ベストで3位になった市田宏(旭化成)も、「今回は4年連続の自己ベストを確実に出したかったので、それを考えながらレースをしました。今の一番の目標は12月の福岡国際マラソンでMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)進出の権利を獲得することなので、それにつながるようなスピードを付けることを目標にしています。1万メートルでも自己ベストを出してアジア大会代表になれるくらいの力をつけたい」と話す。

 さらにこのレースでは13分46秒06で8位にとどまった村山謙太(旭化成)も、「4000メートルくらいからガーッと行かれた時に気持ちが切れてしまったのと、負けてはいけない選手に負けたのは悔しい。ですが、1周66秒くらいで押していって、13分45秒くらいで走れればと考えていたので」と納得の表情を見せた。3月のびわ湖毎日マラソンで失敗(2時間17分43秒で21位)したあと、チームのスタッフと練習を見直そうと話し合い、7月のゴールドコーストマラソンを練習の一環として走り、9月のベルリンマラソンに備える予定。今回はその第一歩のレースだった。

「このままでは頭打ちに」練習を変えた大六野

 また1万メートルでは8月の北海道マラソンの出場を予定している大六野秀畝(旭化成)が、目標にしていた27分台には届かなかったものの、ペースメーカーのキプヤティチ・アブラハム(旭化成)の助けも借り、最後まで粘りきって28分00秒49で優勝した。4月22日の兵庫リレーカーニバル1万メートルと、29日の織田記念国際陸上の5000メートル日本人1位に続く3週連続の好走で、好調さと安定感を見せる結果となった。

「初マラソンとして予定していた3月のびわ湖に出られなかったので8月の北海道にスライドした形ですが、今は距離走も少し入れていて、トラックを本格的にやるような練習ではないし、特別狙って走っているいるわけではないので。とりあえずは結果にこだわらず、今の力をしっかり出し切ろうと考えてやっているのがいいのかなと思います。その中で結果を出せているというのは自信にもつながります」

3周連続のレースとなった大六野(右)は1万メートルで優勝。初マラソンに向け、地力が付いたと感じている 【写真は共同】

 こう話す大六野は、リオデジャネイロ五輪が終わった16年9月頃から、「このままでは頭打ちになって、これ以上、上のレベルでは戦えない」と考え、学生の頃から治療を受けているトレーナーに相談し、効率よく走れるようなトレーニングや肉体改造に取り組み始めた。
「その頃からマラソンも視野に入れるようになり、去年をトラック最後の年にして、今年からはマラソンで行くと決めました。その中で効率よく走るためのトレーニングが少しずつ実を結んできているのだと思います」

 昨年夏からマラソンに対するベースを作るために、40キロ走も積み重ねてきた。そうして地力が付いたことで、スピード練習をさほどやっていない上に3週連続レースというきつい中でも、しっかり結果を出せるようになったのだろう。

 そんなタフさもマラソンのためには必要条件のひとつだ。
「このあとは(6月の)日本選手権にも出て、その1週間後の函館ハーフに出てから合宿に入って、北海道マラソンを目指す予定です。初マラソンですし、きついと言われる夏のマラソンですから、どのくらいで走れるかは分からないのですが、MGCを取るために順位にはこだわって走りたいと思います」

 夏のマラソンとなれば2時間6分台や“サブ10”(2時間10分切り)という記録を意識することもなく臨めるだろう。その点では大六野も、今、トラックレースで考えているように「現状の力を出し切るだけ」というフラットな気持ちで臨むことができるはずだ。大きな欲を持たずに初マラソンに臨めるというのも、賢い方法論でもあるだろう。

 今年のゴールデンゲームズは、自分たちの方法論とペースで、しっかり足元を見ながらマラソンに取り組んでいこうとする選手たちの思いを強く感じる大会であった。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント