バイエルンになかった「ちょっとの幸運」 ミスを誘発したCL準決勝のプレッシャー

中野吉之伴

CLで準決勝敗退に終わり、バイエルンの選手たちはグラウンドに倒れ込んだ 【写真:ロイター/アフロ】

 ディテールが勝負の行方を決め、カギを握る。

 大事な試合を前にすると必ず聞かれる言葉だ。チャンピオンズリーグ(CL)準決勝という大舞台で、バイエルン・ミュンヘンとレアル・マドリーという、ともに大舞台での経験が豊富な世界のトッププレーヤーを選手を数多くそろえる両クラブが対峙(たいじ)。どれだけ主導権を握っていても、一瞬の油断が一気にピンチにつながる怖さを知っている。「いいプレーがあった」だけでは、ゴールには結びつかない。「自分たちの方がいいサッカーをしていた」だけでは、勝利を手にすることはできないのだ。それを凌駕(りょうが)する何かを生み出せなければ、決勝という地にたどり着くことはできない。

第1戦、スタジアムは久しぶりの緊張感に包まれる

独走で優勝を決めた国内リーグとは異なり、サポーターの応援も自然と力が入っていた 【写真:ロイター/アフロ】

 ミュンヘンでのファーストレグ、フースバル・アレーナ・ミュンヘンには久しぶりのピリピリとした緊張感があった。ブンデスリーガではシーズン序盤こそつまずきがあったが、最終的には独走状態で6連覇となる優勝を決めている。CLでもグループリーグでパリ・サンジェルマンにアウェーで0−3と完敗した試合こそあったが、決勝トーナメント進出後にベジクタシュ、セビージャと比較的くみしやすい相手が続いていた。

 どちらも強豪だった。押し込まれる時間もあった。だが、ファンにとっては「それでも、まさか負けるわけはない」という思いの方が強かったはずだ。試合前にコレオグラフィーもなかった。バイエルンの試合は1つのショーであり、スタジアムには物見遊山で訪れるファンも多い。勝って当たり前。ゴールが決まって当たり前。それはそれでいい。だが、ここからは違う。どちらが勝ってもおかしくないチーム同士の対決となる。自然と勝ちが決まるなんてことはない。応援の声にも自然と力が入る。

ハーフスペースを効果的に活用したハメス

ハーフスペースを活用したハメス。第2戦ではゴールを決めた 【写真:ロイター/アフロ】

 選手からも試合開始直後からこの試合にかけた思いがプレーに反映されていた。動き出しのスピードが普段とは全然違う。開始20秒、ハメス・ロドリゲスがレアル・マドリーの右サイドバックのダニエル・カルバハルに猛然とプレスしてパスをブロック。ペナルティーエリア内にこぼれたボールを収めたロベルト・レバンドフスキが、ゴール前のトーマス・ミュラーへパスを送る。パスの精度が良くなかったためにシュートに持ち込むことはできなかったが、一気に自分たちでリズムを作り出すという意思のほとばしりを感じさせた。

 攻撃では素晴らしいプレーが多く見られ、ゴール前のシーンも少なくなかった。ミュラーが「レアルはハーフスペースに問題を抱えていたので、そこをうまく突こうとしていた」とセカンドレグ後に述懐していたが、相手の弱点をうまく突けていたといえるだろう。

 ハーフスペースとはピッチを縦5つに区切ってみたときに、真ん中と大外の間に生じるスペースのことだ。特にキーとなったのがハメスだ。レアルの守備ブロックの間にあるスペースにうまく入り込み、何度もボールを引き出していく。相手の背中を取るポジショニングが大事とよく言われる守備ラインと中盤ラインの間のスペースでパスをもらうためには、相手がどのスペースを消そうとしているかを分かっていなければならない。ボール保持者に対して選手が距離を詰め、ほかの選手が中に絞りながら、危険なセンターへのパスコースを切っていく。

 だが、サイドハーフの選手は中に絞り過ぎれば外からの攻撃を許すため、常に自分が担当するサイドを気にしなければならない。そのため、センターハーフとの間には距離が生まれやすい。ハメスは相手がスライドし切れずにできたスペースに入り込んで、パスをもらうタイミングのとり方が非常にうまい。相手と入れ替わるようにワントラップでゴール方向へとボールを持ち運び、そこで起点を作り出すことに成功していた。

バイエルンもハーフスペースに問題が……

第1戦で敗れたものの、ミュラー(中央)に悲壮感はあまりなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 ただ、守備においてはバイエルンもレアルと同じようにハーフスペースに問題を抱えていた。インサイドハーフに入っていたチアゴ・アルカンタラやハメスがスライドし切れなかったり、サイドに展開されると、センターバック(CB)があっさりと外につり出され、センターの危険なスペースがガラガラになってしまう。CBがカバーに入るのが問題なのではない。ただ、それならば相手にあっさりとサイドチェンジを許さないような追い込みが必要になる。センターにスペースが開いているときに縦を切ってそっちに誘導してしまったら、チャンスをプレゼントしてしまうようなものだ。

 ミスからの失点もあり、バイエルンはこの試合を1−2で落としてしまう。ミュラーが「多くのシーンでいいプレーをすることができたが、一方でそれなりの頻度でよくないプレーがあったのは確かだ」と振り返っていたが、まさにこのあたりが修正ポイントだった。とはいえ全体的にプレー内容自体は悪くなく、ミックスゾーンに悲壮感はあまりなかった。ミュラーは大勢の報道陣を前に「CL決勝トーナメントではいつだって想像もつかないことが起こり得るよ。まだすべてオープンな状態だ」と自信に満ちた顔で語っていた。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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