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失うものがない者たちの挑戦
フライボールへの取り組みと対策・前編
フライボールヒッターとして、大きな成長を遂げたドジャースのターナー
フライボールヒッターとして、大きな成長を遂げたドジャースのターナー【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 2017年のワールドシリーズ初戦。1対1の6回、ジャスティン・ターナー(ドジャース)が、ダラス・カイケル(アストロズ)から、決勝2ランを放った。


 試合後、会見場に呼ばれたターナーは、「スイングを変える前にこんな大舞台で活躍できる自分が想像できたか?」と聞かれて、「No」と首を振った後、フライボールを打つように心掛けてから、メジャーに必死にしがみついていた自分が、名門ドジャースの主力へと成長する経緯を語り始めた。


「メッツにいた頃(2010〜13年)は、メジャーに残ることで精いっぱいだったんだ。そんなとき、(13年に)チームメートになったマーロン・バードから、彼がどうスイングを変えたのかを聞いた。それで、ちょっと試してみようと思ったんだ」


 それまで、上からボールをたたきつける意識だった。子供の頃から、そうやって教えられてきた。しかしバードは、手でスイングを始動するのではなく、(右打者の場合)右肘を投手に向けるようにしながら、下からバットを振り抜いていた。


 ひとまず、見よう見まねでやってみると、いきなり結果が出た。


「今でも覚えている。9月にクリーブランド(インディアンス戦)へ行った時、2本のホームランを打った。その後、ナショナルズ戦でセンターフェンス直撃の二塁打を打った。そのとき、『オレの体に何が起きてるんだ?』と思ったよ(笑)。そこで、もっとこのスイングのメカニズムを突き詰めたいと思ったんだ」

スイング改造で結果を出したターナー

 オフに入るとターナーは、バードにスイングを指導したダグ・ラッタ氏の元を訪ねた。


 ロサンゼルス郊外にある倉庫で、アマチュア選手を中心に教えている元高校野球部コーチによるフライを打つという指導は、長く亜流。今もラッタ本人は、「メジャーではなかなか受け入れられない」と語っているが、その年で契約が切れたターナーに失うものはなく、週5日、徹底的にスイングの改造に取り組んだ。


 すると結果が出るのに時間はかからず、14年以降の活躍は知られる通り。ドジャースとのマイナー契約からスタートして、29歳の年に覚醒した。


 バードはといえば、その前年にラッタから指導を受けていた。


 12年、彼は禁止薬物の使用で50試合の出場停止処分を受け、打率.210、1本塁打に終わった。


 そのままでは、彼も行き場がない。彼にも失うものがなく、ボールをたたきつけろ、という鉄則を捨ててフライを打つスタイルに望みを託すと、35歳で迎えた13年にその時点でキャリア最多となる24本塁打をマークしたのだった。


 ターナーに自分の経験を伝えたのはそんな時だが、同じ頃、J.D.マルティネス(レッドソックス)、ジョシュ・ドナルドソン(ブルージェイズ)らが、長距離砲として名を馳せるようになり、その後ダニエル・マーフィー(ナショナルズ)、カイル・シーガー(マリナーズ)らが続き、クリス・ブライアント(カブス)、コディ・ベリンジャー(ドジャース)らは、フライボールバッターの中でも新世代を代表する存在となった。

丹羽政善
丹羽政善

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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