“闘犬”ガットゥーゾが見せた知性 ミランを短期間で再建し、秩序をもたらす

片野道郎

2ラインを常にコンパクトに保つ守備

ガットゥーゾ就任後、変化が大きいのが守備の面。常にコンパクトな陣形を保つ 【写真:ロイター/アフロ】

 ガットゥーゾの就任によってミランが最も大きく変わったのは、攻撃よりもむしろ守備の局面だ。
 
「守備のコンセプトは、常にコンパクトな陣形を保ち、ボールを基準としてスペースと時間を意識しながら動くというものだ」

「われわれは攻めることだけでなく、守ることも知らなければならない。常にボールにプレッシャーをかけること。裏のスペースに常に注意を払うこと。常にラインとして連係しながら動くこと。相手が攻勢に立った時にそれを受け止め耐えるメンタリティーを持つこと」

 これまでのインタビューや会見で口にしたコメントが示しているように、ガットゥーゾは守備戦術に関して明確な思想を持っている。それは近年のヨーロッパで最先端の、ポゼッションによってボールを支配しながら奪われた時のことも考えた陣形を整え、ボールを失ったらすぐにハイプレスに転じて即時奪回を目指すといった、ポジショナルプレーの考え方に基づくそれとは明らかに異なる、攻撃と守備の局面を明確に分けたよりオーソドックスなものだ。

 攻撃の局面で縦に速い展開を目指すため、敵陣でポゼッションを確立し多くの人数を送り込んで攻める場面は比較的少ない。ボールロスト時にも周辺の密集度は高くないため、即時奪回を狙ったハイプレスはあまり機能せず、結果的に自陣にリトリートして守備陣形を整え相手を迎え撃つ形が多くなる。

 そのブロック守備における最終ライン4人の連係(ボールに基準点を置いたゾーンディフェンス)、2ラインのコンパクトネスなど、上記のコメントでも言及されているいくつかのコンセプトをチームに浸透させることに、ガットゥーゾは就任以来、重点を置いてきた。就任直後の試行錯誤期(最初の5試合)で9失点を喫した後、1月以降の9試合で5失点という数字を見ても、ディフェンスの安定度の高さがチーム立て直しの鍵だったことがよく分かる。

ELのアーセナル戦で示した分析力と対応力

 だからといって、ガットゥーゾが旧来的なイタリアサッカーの典型とも言える堅守速攻スタイルを奉じる古いタイプの監督かと言えば、決してそんなことはない。ポゼッションによるゲーム支配を重視するジョゼップ・グアルディオラ的なサッカー哲学の持ち主でないことは確かだ。だが、前線にロングボールを放り込んでチームを押し上げ、セカンドボールを拾ってそのまま一気にフィニッシュを狙うようなフィジカルなスタイルを打ち出しているわけでもない。

 敵陣でのプレッシングよりも自陣でのブロック守備に軸足を置きつつ、いったんボールを持ったらきちんとパスをつなぎ、効率的にフィニッシュへの道筋を作り出そうとする、攻守のバランスを重視したモダンでインテンシティー(強度)の高いスタイルを目指している。

 たとえば、結果的には敗退に終わったものの、明らかに格上のアーセナルと互角とまでは言えないにしても対等に渡り合ったELのラウンド16にも、ガットゥーゾの監督としての手腕ははっきりと表れていた。

 ホームでの第1戦で0−2の完敗を喫した後、敵地エミレーツ・スタジアムでの第2戦に、ミランは4−3−3ではなく、それまで試合の最初から使ったことは一度もない4−4−2で臨んだ。第1戦で守→攻の切り替えにおいて中盤(とりわけインサイドハーフの2人)が前掛かりになり、その背後のスペースをメスト・エジルやアーロン・ラムジーにうまく使われて失点を招いたことを踏まえ、「4+4」の2ライン間を圧縮してよりコンパクトな陣形を維持することで、エジルをはじめとするアーセナル攻撃陣に危険な中央のスペースを使わせないことが、このシステム変更の狙いだったと見られる。

 第2戦の結果だけを見れば1−3だが、アーセナルの1点目はダニー・ウェルベックのダイブに審判が騙されて与えたPK、2点目はグラニト・ジャカの何でもないミドルシュートをジャンルイジ・ドンナルンマがキャッチミスして決められたもの。2試合合計1−4で残り5分を切り、ほぼ希望がなくなった時点で喫した3点目を除けば、ミランは第1レグで失点につながったような状況をアーセナルにほとんど作らせなかった。2ライン間は常にコンパクトに保たれ、その中央、最も危険なゾーンは、プレーの展開を読む戦術眼とポジショニングでは傑出しているリカルド・モントリーボ、圧倒的なフィジカルコンタクトの強さを持つフランク・ケシエという2人によって常にプロテクトされていたからだ。

 チャルハノールのミドルシュートで35分に先制したそのわずか4分後にPKで同点に追いつかれるという不運がなく、あと1点挙げれば2試合合計でタイスコアに持ち込めるという状況がもっと長く続いていれば、ミランがアーセナルを本当の意味で脅かしていた可能性も十分にあった。これは、ガットゥーゾとそのスタッフが第1戦の内容を分析して的確な対応策を準備したからこそだ。

チームマネジメントの手腕を主将が称賛

リーダーシップ、チームマネジメント力もミランを立て直した大きな鍵のひとつだ 【写真:ロイター/アフロ】

 ガットゥーゾの監督としての手腕が垣間見えるのは、こうした戦術的な側面だけではない。就任後、短期間でミランを立て直した大きな鍵のひとつは、間違いなくそのリーダーシップ、チームマネジメントの手腕にある。

 モンテッラがチームを率いていたシーズン前半は、そのトレーニングメソッド(特にフィジカル面)に一部の選手、さらにはクラブ首脳までが疑義を挟んで、監督の片腕的な存在だったフィジカルコーチが更迭されるなど、チームの中は一枚岩とは言えない状態だった。ロッカールームの中でも、レギュラークラスの大半を入れ替えるという補強戦略のあおりを受けた昨シーズンまでの主力組と新戦力との間に軋轢(あつれき)があるといううわさが一度ならず飛び交ったものだ。

 しかしガットゥーゾの監督就任後、そうしたネガティブなうわさはまったく伝わってこなくなった。それは、就任当初の試行錯誤を経てチームが固まって以降、ミランがピッチ上で見せているパフォーマンス、そして結果にもはっきりと表れている。
 
「私は選手として13年間、ミランのロッカールームで過ごした。あのチームに違いをもたらしていたのは、ロッソネーロ(ミランの愛称)の魂を心に宿していたリーダーたちだった。彼らがチームのルールを決め、全員に守らせる。ミランの強さの秘密はクラブへの愛情と帰属意識の強さにこそあった。いつの間にか失われてしまったそれを取り戻さなければならない。それが私の大きな仕事のひとつだ」

 ガットゥーゾのこの言葉を裏付けるように、移籍1年目ながら主将を務めるボヌッチは、最近のインタビューで指揮官についてこうコメントしている。

「何よりも驚かされたのは、選手時代に持っていたのと同じ激しい闘志、勝利への強い執着心をチームに植え付けるその手腕です。それだけでなく、自分はチームにとって重要な、必要とされている存在だと全員に思わせてくれる。あの強いカリスマ性、執着心、妥協を許さない姿勢はアントニオ・コンテと共通しています」

チームは契約延長の意向を表明

ガットゥーゾはチームに「クラブへの愛情と帰属意識の強さ」を取り戻させた(写真は05年) 【写真:ロイター/アフロ】

 ここまでいくつかの角度から見てきたように、ガットゥーゾはこれがセリエAのチームを率いる初めての経験であるにもかかわらず、短期間でチームを立て直し、明確なアイデンティティーを与えるという、決して簡単ではない仕事をやってのけた。

 クラブの経営責任者であるゼネラルディレクターのマルコ・ファッソーネは、すでに来シーズンの留任を前提とする契約の見直しと延長を行う意向を表明している。

「ミランを監督として率いているというのは夢のようなことだ。ここミラネッロは私の家だから、少しでも長くここにとどまれればいいと思う。長期的な何かを築くことができれば最高だろう。でもその前に私はもっと落ち着く必要がある。そうでないとほんの数年で燃え尽きてしまうかもしれないから。毎日1時間半のトレーニング、毎週の試合で、私は選手たちよりも多くのエネルギーを使っている。毎日家に這って帰っているよ。でも私はたぶん、このやり方しかできないんだと思う」(ガットゥーゾ)

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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