補強戦略との“ズレ”に苦しむミラン 指揮官を悩ます、選手起用のジレンマ

片野道郎

ミラノダービーは「進捗状況」を凝縮した試合に

ミラノダービーで敗れたミラン。「進捗状況」を凝縮した試合となった 【写真:ロイター/アフロ】

 10月15日(現地時間)、約7万8000人の観客をのみ込んだサン・シーロで行われたセリエA第8節“ミラノダービー”は、ホームのインテルがマウロ・イカルディのハットトリックで3−2とミランを下し、首位ナポリに2ポイント差で続く単独2位に浮上した。

 一方、敗れたミランはこれでリーグ戦3連敗。開幕8試合で4敗を喫し、首位ナポリから早くも12ポイント離された10位に沈んでいる。

 今年4月にクラブを買収したヨンホン・リー会長による中国資本の下、夏の移籍マーケットに2億ユーロ(約262億4000万円)を超える資金を投じて11人の新戦力を獲得し、来季のチャンピオンズリーグ出場権獲得(4位以内)を「絶対目標」として開幕に臨んだことを考えれば、この現状はまったく期待外れと言っていい。

 とはいえ、ミランにかけられた期待が、大金を投じてたくさんの新戦力を獲得したのだから勝たなければおかしい、というものだとしたらそれはあまりに短絡的過ぎる。これだけ大幅に陣容を刷新したとなれば、チームが形になって固まるまで、それなりの時間と試行錯誤が必要になるのは避けられないことでもあるからだ。

 事実、このミラノダービーは、マルコ・ファッソーネGD、マッシミリアーノ・ミラベッリSD、そしてヴィンチェンツォ・モンテッラ監督という首脳陣の手にある「ミランというプロジェクト」の進捗状況を、さまざまな意味で凝縮したような試合だった。

ワールドクラスのストライカー獲得は最優先課題だったが……

「逃した魚」であるモラタはプレミアリーグで7試合6得点と好調を維持する 【写真:ロイター/アフロ】

 まずチームの陣容、戦力的な側面にスポットを当ててみよう。

 このダービーのマン・オブ・ザ・マッチは、ハットトリックでインテルに勝利をもたらしたイカルディ以外にはあり得ないだろう。決勝ゴールとなったPKを含めて、90分でわずか4度のシュートチャンスすべてを枠に収め、しかもオープンプレーからの2ゴールはいずれも技術的にきわめて難易度の高いプレーだった。今シーズンここまで8試合で9得点。現時点で、ヨーロッパでもトップ10に入る絶対的なストライカーである。

 今夏のミランの補強戦略においても、このイカルディと肩を並べるレベル、ワールドクラスのストライカー獲得は、最優先課題のひとつだった。当初候補に挙がっていたのは、アルバロ・モラタ(レアル・マドリー→チェルシー)、ピエール=エメリク・オーバメヤン(ドルトムント)、アンドレア・ベロッティ(トリノ)。さらにファッソーネとミラベッリは、ジエゴ・コスタ(チェルシー→アトレティコ・マドリー)獲得の可能性なども探っていた。いずれも7〜8000万ユーロ(約92億〜105億円)の移籍金を必要とするトッププレーヤーである。

 だが結果的には、その予算をアンドレ・シウバ(ポルト)、ニコラ・カリニッチ(フィオレンティーナ)という2人のストライカーに分散投資することになった。その背景には、昨シーズン終了時点で、すでに事実上の合意に達していたモラタが、土壇場で契約書へのサインを先延ばしし始め、獲得のメドが立たなくなった。7月末にスタートするヨーロッパリーグ(EL)予選に備えて、早い時期にストライカーを獲得しておく必要があったなど、いくつかの事情もあったと伝えられる。

 しかし、「逃がした魚」であるモラタがプレミアリーグ7試合で6得点、オーバメヤンがブンデスリーガ8試合で10得点をたたき出しているのに対し、カリニッチとA・シルバは、ここまで8試合で合わせてわずか2得点(A・シウバは無得点)。

 このダービーも、カリニッチは故障欠場、スタメン出場したA・シルバは、ゴールポストに嫌われるシュート1本を放ったものの、総合的なパフォーマンスはネガティブなものだった。分散投資という選択は現時点では裏目に出ていると言っていい。この試合でミランの得点に絡んだスソとジャコモ・ボナベントゥーラが、いずれも昨シーズンからの既存戦力だというのは必然か、それとも単なる偶然なのか。

4−3−3を土台としたモンテッラの基本構想

4−3−3を土台としたモンテッラの基本構想は、スソのチャンスメークや局面打開力を引き続き生かすというものだった 【Getty Images】

 大型補強によってそろえられた陣容を元にどのようなチームを築き、どのようなサッカーをするかという戦略的、戦術的側面から見ても、ミランはまだ解決すべき課題を抱えている。その一部は上で見た戦力的側面とも絡み合ったものだ。

 モンテッラ監督は当初、昨シーズンの基本システムだった4−3−3を土台としてチームを構築する方針を打ち出した。少なくない新戦力を短期間でチームに組み込んでいく上で、そのベースとなりうる、ある程度安定した枠組みが必要だったことを考えれば、理に適った選択だったと言える。

 もちろん夏の補強も、それを前提として監督の要請を汲みながら進められた。ただし、財政的な理由もあって、本来ならば2〜3回の移籍ウィンドウに分けて段階的に行うべき陣容の刷新を、今夏で一気に終わらせざるを得ない事情があったことは、すでに先月レポートした通りだ。

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 4−3−3を土台としたモンテッラの基本構想は、昨シーズンの最も大きな強みだったスソのチャンスメーク、局面打開力を引き続き生かしつつ、継続路線でチームのグレードアップを図るというものだった。

 当初打ち出された補強の大枠も、フィニッシュを担うセンターFWにワールドクラスを補強して決定力を高め、さらに最終ラインにビルドアップ能力と、ある程度以上のスピードを備えたセンターバック(CB)と攻撃力の高いサイドバック(SB)、中盤には質の高いゲームメーカー、縦の推進力を備えフィジカルコンタクトにも強いインサイドハーフを補強するというもの。

 各セクションのクオリティーを向上させ、よりボール支配率を高めて攻撃的に振る舞う方向にチームを進化させていくという狙いがそこには透けて見えた。そして、CBマテオ・ムサッキオ、SBリカルド・ロドリゲス、アンドレア・コンティ、MFフランク・ケシエ、ルーカス・ビグリアという補強も、この構想に沿ったものだった。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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