ミランが大型補強でチームを刷新した理由 CL出場とFFP対策というミッション

片野道郎

移籍市場で派手な立ち回りを見せたミラン

ミランはこの夏、2億ユーロを超える大型補強を敢行し、派手な立ち回りを見せた 【写真:ロイター/アフロ】

 18歳ながらチームの看板を背負って立つ超逸材GKジャンルイジ・ドンナルンマとの契約更新をめぐって大物代理人ミーノ・ライオラと丁々発止のやり取りを繰り広げたかと思えば、今度はライバルのユベントスからイタリア代表の重鎮レオナルド・ボヌッチを強奪し、さらに国内外から次々と有力選手を買い集めてレギュラー陣の大部分を入れ替える――。

 今夏の「カルチョメルカート」(イタリアでは移籍マーケットをこう呼ぶ)は、2億ユーロ(約262億4000万円)を超える資金を市場に投下して派手な立ち回りを見せたACミランの独擅場だった。

 ミランがこの4月、80年代半ばからこのクラブに数々の栄光をもたらして来たシルビオ・ベルルスコーニ元イタリア首相の手を離れ、中国の投資家ヨンホン・リー(李勇鴻)に買収されたことは周知の通り。

 そのリー会長にクラブ運営の実権を委ねられた新経営陣、ゼネラルディレクター(GD)のマルコ・ファッソーネと、その片腕であるスポーツディレクター(SD)のマッシミリアーノ・ミラベッリには、ここ数年のリストラ経営によって弱体化したチームの戦力を一気に底上げし、チャンピオンズリーグ(CL)の出場権を奪回できるだけの陣容を整えるという、簡単ではないミッションが課せられていた。そのために投じられた獲得資金はトータルで2億4050万ユーロ(約315億5000万円)。当初予想されていた予算をさらに上回る大盤振る舞いとなった。

 ちなみにこの2億4050万ユーロというのは、ネイマールとキリアン・ムバッペの2人だけで計4億ユーロ(約524億8000万円)を投じたPSGを例外とすれば、今夏のヨーロッパでも際立って大きな数字である。放映権料バブルに沸いたプレミアリーグですら、これに匹敵する投資をしたのは2億4400万ユーロ(約320億1000万円)を投じたマンチェスター・シティだけで、他はチェルシーが2億200万ユーロ(約265億円)、マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、エバートンが1億6000万ユーロ(約209億9000万円)前後と、それを少なからず下回る規模にとどまっている。

トータルの移籍収支は約213億円の赤字

4200万ユーロを費やしたレオナルド・ボヌッチ(右)ら11人を補強 【写真:ロイター/アフロ】

 これだけの大金を投じてミランが獲得した選手は、以下の11人(カッコ内は権利保有元)。

<FW>
ニコラ・カリニッチ(フィオレンティーナ):500万+2000万ユーロ*
アンドレ・シルバ(FCポルト):3800万ユーロ
ファビオ・ボリーニ(サンダーランド):レンタル+600万ユーロ*
<MF>
ハカン・チャルハノール(レバークーゼン):2200万ユーロ
フランク・ケシエ(アタランタ):800万+2000万ユーロ*
ルーカス・ビリア(ラツィオ):1700万ユーロ
<DF>
アンドレア・コンティ(アタランタ):2500万ユーロ
リカルド・ロドリゲス(ボルフスブルク):1800万ユーロ
マテオ・ムサッキオ(ビジャレアル):1800万ユーロ
レオナルド・ボヌッチ(ユベントス):4200万ユーロ
<GK>
アントニオ・ドンナルンマ(アステラス・トリポリス):150万ユーロ

 総投資額2億4050万ユーロのうち、4600万ユーロ(約60億3000万円/金額の後に*がついた3人分)は、買い取り義務つきレンタルという移籍形態を使って、レンタル料を除く移籍金の支払いを来シーズン以降に先送りにしているため、それらを差し引いた1億9500万ユーロ(約256億3000万円)が今シーズンの支出ということになる。

 ただし、これが直接赤字として計上されるわけではない。11人を獲得した一方で、カルロス・バッカ(→ビジャレアル)、マッティア・デ・シリオ(→ユベントス)、ジャンルカ・ラパドゥーラ(→ジェノア)、ユライ・クツカ(→トラブゾンスポル)らの放出によって、7090万ユーロ(約93億円)の売却益(うち今シーズンの回収分は3200万ユーロ/約42億円)を上げている。それを差し引いたトータルの移籍収支は(1億6300万ユーロ/約214億2000万円)の赤字となり、その大部分は今シーズンに計上される勘定だ。

チームの市場価値は大幅にアップしたが……

市場価値総額は昨年より飛躍的に高まったが…… 【Getty Images】

 では、大金を投じてレギュラークラスのほとんどを入れ替えた結果、ミランの戦力はどれだけ高まったのだろうか。

 最も単純な目安となるのは、保有選手の市場価値総額。移籍総合サイト『Transfermarkt』の評価額(9月1日時点)を見ると、セリエAではユベントスがダントツ(5億3800万ユーロ/約705億7000万円)だが、3位のミランは3億3300万ユーロ(約436億8000万円)で、ナポリ(3億4700万ユーロ/約455億2000万円)、ローマ(3億2300万ユーロ/約423億7000万円)と肩を並べて、2位グループを形成している。ちなみに同じミラノ、同じ中国資本のライバルであるインテルは2億7800万ユーロ(約364億7000万円)で、2位グループからやや離れた5番手だ。

 ちょうど1年前の時点では、ユベントスの半分にも届かない2億500万ユーロ(約268億9000万円/リーグ5位)だった。これと比較すると現在の数字は62%増であり、理屈の上では戦力が飛躍的に高まったと言うことができる。

 しかしもちろん、チームとしての強さが選手の市場価値総額とイコールになるわけではない。たとえどんなに価値の高い選手が集まっていたとしても、それがチームとして機能しなければピッチ上で結果を勝ち取ることはできないからだ。

 その観点から見れば、レギュラークラスの大部分を入れ替えるというのは、チームにとって小さくないリスクである。監督の戦術が浸透し、完成されたチームとして機能するまでには、試行錯誤の時間が必要となる。チームが固まってそれなりの完成度に達するまで、パフォーマンスにムラが出るのは仕方がないことであり、取りこぼしも避けられない。

 とはいえ、どんなチームであっても、戦力を大きく入れ替えて新たなサイクルをスタートするタイミングは必ずやって来るものだ。しかし、ほとんどの場合、そこからチームに結果を求めるまでには1〜2年の時間的猶予を与えるもの。問題はミランの場合、もっとも優先順位が高いのは目先の結果を勝ち取ることだという点にある。

 そのために最も合理的かつ効率的なのは、昨シーズンのチームを土台にして、鍵になるポジションに3〜4人のトッププレーヤーを獲得し、戦術的な継続性を持たせながら戦力値を上乗せすることによって、チームの絶対的なクオリティーと戦術的な完成度の双方を高めるというアプローチだったはずだ。しかし、ファッソーネGDとミラベッリSDはその道を採らず、あえて一気にチーム全体を大刷新することを選んだ。その理由はいったいどこにあったのだろうか。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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