“チャイナ”ミラン誕生も、将来は不透明 「リスクの大きな買収劇」の裏側に迫る

片野道郎

ミラノダービーは“中華ミラノダービー”へ

中国人投資家ヨンホン・リー(中央)による買収が成立、“チャイナ”ミランが誕生した 【Getty Images】

 キリスト教の重要な行事である復活祭を翌日に控えた4月15日(現地時間)に行われた“ミラノダービー”は、インテルが2点を挙げてリードしたものの、ミランが後半アディショナルタイムの劇的なゴールで同点に追い付くというスリリングな展開の末、2−2の引き分けに終わった。

 この試合のキックオフは昼の12時半。ダービーのようなビッグマッチは通常、20時45分からのナイトゲーム枠に組まれるものだ。にもかかわらず、このランチタイム枠に回ったのは、中国ではこの時間帯が午後6時半という絶好のゴールデンタイムにあたるから。昨夏、南京市に本拠を置く蘇寧電器グループに買収されたインテルに続いて、このわずか2日前(4月13日)にはミランも中国人投資家ヨンホン・リーによる買収が成立。両チームが中国資本となって初めての記念すべき“中華ミラノダービー”だったのだ。

 そのミラン買収劇は、昨年8月の基本合意から足掛け8カ月、買収資金調達の失敗によってクロージングが2度(12月、3月)に渡って延期されるという紆余(うよ)曲折を経た末、3度目(にして最後)の払込期限ギリギリに、未払い分が振り込まれてやっと完了するという、異例の「難産」だった。

 1986年2月以来、31年の永きに渡ってオーナーの座に君臨し、チャンピオンズカップ時代を含めチャンピオンズリーグ(CL)5回、スクデット(リーグ優勝)8回をはじめ、計29ものトロフィーを勝ち取ってきたシルビオ・ベルルスコーニの「王朝」は、これによってついに幕を閉じた。ベルルスコーニ会長はもちろん、アドリアーノ・ガッリアーニ副会長ら首脳陣も総退陣。ミランは経営陣を全面的に刷新して新たな時代に臨むことになった。

当面の目標は「CL出場権の確保」

当面の目標であるCL出場権確保のためにも、ドンナルンマ(写真)ら主力の契約延長に注力する必要がある 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 14日に行われた発表記者会見では、新会長が中国語で「この偉大なクラブをヨーロッパの頂点に復帰させることがわれわれの責務」とあいさつした後、CEO兼ゼネラルディレクター(GD)としてクラブ経営の最高責任者となるマルコ・ファッソーネが、今後のプロジェクトについて説明した。その概要は次のようなものだ。

 当面最大の目標は、来シーズンのセリエAで4位以内に入って、2018−19シーズンのCLに出場すること。そのためには、競争力の高いチームをすぐに作らなければならない。ビンチェンツォ・モンテッラ監督を続投させ、ジャンルイジ・ドンナルンマやスソといった主力選手の契約延長に注力。さらに今夏は、1億ユーロ(約116億円)を上回る補強予算を投じてチームを強化する。中期的な視点に立つと、ヨーロッパで競争力を持つためには現在の売上高を倍増する必要がある。そのためにはCL出場権確保に加えて、中国でのスポンサー開拓やサッカースクール事業の展開、さらにはスタジアムの整備に取り組んで行く必要がある。

 これを受けてマスコミレベルでは、中国資本となったことでこれまで5年以上にわたって続いてきた資金難による低迷に終止符が打たれ、積極的な補強による戦力強化が可能になる。これでかつてのようにCLで頂点を争う「強いミラン」が戻ってくる――といったばら色の未来像がはやし立てられている。

 しかし、客観的な立場から今回の買収劇を振り返り、新オーナーの素性と資金繰り、そして新体制が掲げたプロジェクトの実現性について考察すると、それほど楽観的な展望は抱けないのではないかという印象が強くなってくる。以下、買収成立までの経緯とその手法、そして今後のプロジェクトという2点から、その理由を具体的に見ていくことにしよう。

当初買収に名乗りを挙げたのはタイ国籍の投資家だったが……

当初買収に名乗りを挙げたのは「ミスターB」ことタイ国籍の投資家タエチャウボル(左)だった 【Getty Images】

 前オーナーのベルルスコーニが「もはや、いちファミリーの経済力でミランのようなクラブの競争力を維持することは不可能。今やサッカーはグローバルなインダストリーになった」という理由で、クラブの売却に動き出したのは、15年初頭のことだった。当初買収に名乗りを挙げたのは、「ミスターB」ことタイ国籍の投資家ビー・タエチャウボル。発行済株式の49%を5億ユーロ(約582億円)で買い取り、3年後をメドに残る51%も段階的に引き取るというのが、15年春に交わした合意の内容だった。ところが、買収側の資金調達が難航するなどして延期・保留が続いた末、16年初頭には交渉自体が自然消滅してしまう。

 同年春になると、今度は中国資本による買収話が持ち上がってきた。これは、イタリア系米国人のスポーツ投資専門コンサルタント、サルバトーレ・ガラティオートが、国営企業を含む中国投資家グループからの依頼を受け、仲介人としてミランに交渉を持ちかけたもの。この投資家グループには、大手検索エンジン「百度(バイドゥ)」や、中国スーパーリーグの広州恒大を保有する「恒大興産」といった中国を代表する巨大資本が参加しているという触れ込みだった。6月末には、ミランの親会社であるベルルスコーニ家の持ち株会社フィニンベストとの間で、発行済株式の80%を買い取るという合意が内々に成立したと伝えられた。

 ところが、それから1カ月あまりが過ぎた8月5日にフィニンベストが発表したのは、ガラティオートが仲介していたのとは異なる中国の投資ファンド、「シノ・ヨーロッパ・スポーツ(SES)」に、5億2000万ユーロ(約605億円)とクラブの負債2億2000万ユーロ(約256億円)で発行済株式の99.93%を売却することが決まった。すでに手付金として1億ユーロが支払われた、という驚きの内容だった。

 SESは、投資家グループからの資金の受け皿となってミランの株式を保有するため、浙江省湖州に資本金1億元(約16億円)で設立されたペーパーカンパニーだ。同じ中国資本でも、昨夏インテルを買収した蘇寧電器グループは売上高約2兆2200万円を誇る巨大企業(小売業者としては中国最大)であり、その点ではまったく性質が異なっている。

新会長のヨンホン・リーとは何者か?

 このSESの代表が、今回会長となったヨンホン・リーである。元々はガラティオートの投資家グループに名を連ねていたが、直前になって内部で意見の違いが表面化。そこからスピンアウトする形で独自にフィニンベストとの交渉を進めて合意に至ったという経緯があった。

 では、このヨンホン・リーとは何者なのだろうか。

 奇妙なのは、ミランという世界的なメガクラブのオーナー会長となったにもかかわらず、そのプロフィールがいまだ完全には明らかになっていないことだ。合意から2カ月後の昨年10月、中国で取材を行った『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙が「中国のサッカー関係者、財界関係者は誰1人ヨンホン・リーという名前を知らなかった」「湖州にあるSESの本社を訪れたらオフィスは空だった」という記事を掲載して物議を醸したほど。

 今回の買収成立にあたって開かれた株主総会で配布された取締役のリストにも、生年(69年)以外の情報は掲載されていない。最近になってやっと、経済紙『イル・ソーレ・24オーレ』の報道により、広東省の出身で、株式や不動産への投資によって財を築いた個人投資家。広州にある48階建てのオフィスビル、ペットボトル製造会社、リン鉱床採掘会社の株式など、総額およそ5億ユーロの資産を保有しているという情報が明らかになったにとどまっている。

 同紙はリー会長について簡潔にこう書いている。
「ヨンホン・リーは大富豪ではない。5億ユーロ程度の資産を持つ中レベルの個人投資家にすぎない。驚きは、そんな人物がミランの買収という巨大なビジネスに成功したことだ」

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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