“闘犬”ガットゥーゾが見せた知性 ミランを短期間で再建し、秩序をもたらす

片野道郎

セリエA初采配で見事にチームを再建

“闘犬”の愛称で親しまれたガットゥーゾが、監督としてチームを見事に再建している 【写真:ロイター/アフロ】

「この4年間の下積みは私を大きく変え、成長させてくれた。監督としての私について語るのに、リーノ・ガットゥーゾという選手を引き合いに出すだけでは不十分だ。『闘争心とハート』と皆さんは言う。しかし闘争心とハートだけの監督が通用するはずがない。私は監督学校でUEFA(欧州サッカー連盟)プロのライセンスを取り、これまでのキャリアの中でさまざまなことを学んできた。私は自分が監督としてこのチームを率い、何かを与えるために必要な手腕を持っていると信じている」

 これは、昨年11月28日の就任会見でミランのジェンナーロ・ガットゥーゾ監督が語った言葉だ。

 プリマベーラ(U−19)からトップチーム監督への昇格という形で指揮官の座に就いたという経緯、そしてこれがセリエA初采配という事実だけを見れば、シルビオ・ベルルスコーニ前会長時代末期のミランを率いたクラレンス・セードルフやフィリッポ・インザーギがそうだったように、ガットゥーゾもまた元トッププレーヤーとしての輝かしいキャリアと知名度だけによって、十分な経験を持たないまま一気にビッグクラブ指揮官の座に収まったかのように映るかもしれない。

 しかし実のところガットゥーゾは、パレルモ(セリエB=2013−14シーズン)、OFIクレタ(ギリシャ1部リーグ=14−15)、ピサ(セリエC=15−16/セリエB=16−17)と4シーズンにわたり、国内外のマイナークラブで指揮を執りながら「武者修行」を積み重ねてきた。その間に積み重ねた経験が、監督としての自らを形作ってきたのだ。今や自分は単なる駆け出しではないという自負が、この就任会見でのコメントには込められていた。

 そしてそれから4カ月近くを経た今、彼が率いるミランの歩みは、その言葉がハッタリではなかったことをはっきりと示している。

チームにもたらした新しい戦術コンセプトと組織的秩序

新しい戦術コンセプトと組織的秩序をもたらし、ボヌッチら選手の能力を引き出した 【写真:ロイター/アフロ】

 セリエA第29節のキエーボ戦(3−2)までで、前監督のビンチェンツォ・モンテッラが解任までに戦ったのと同じ14試合をリーグ戦で消化した勘定になる。

 モンテッラが最初の14試合で残した数字は、6勝2分け6敗(勝ち点20)、19得点18失点というものだった。一方、ガットゥーゾが率いたその後の14試合は、9勝3分け2敗(勝ち点30)/22得点14失点と、すべての面で向上が見られる。

 しかも2つの黒星は就任直後、試行錯誤のプロセスで記したものであり、チームが固まった年末以降は、ヨーロッパリーグ(EL)のラウンド16でアーセナルに2敗した以外、国内ではコパ・イタリア(決勝進出が決定)を含めて3カ月近くにわたって無敗を続けている。

 モンテッラ時代のミランは、丁寧なビルドアップとボールポゼッションによって主導権を確立しようと試みるものの、厳しいプレスを受けると途端に組み立てが行き詰まる。敵陣まで進出してポゼッションを確立しても、最後の30メートルで攻め手を欠くばかりか、そこでボールを失えば一気にカウンターを喫する不安定なチームだった。

 レオナルド・ボヌッチ、ハカン・チャルハノール、ルーカス・ビグリア、ニコラ・カリニッチなど新戦力の多くはチームのメカニズムの中で機能できず、明らかなスランプに陥っていた。

 ガットゥーゾはそこに、新しい戦術コンセプトとそれに基づく組織的秩序を持ち込み、その中で個々のプレーヤーの能力を引き出し、生かそうとすることによって、チームを立て直し、明確なアイデンティティーを与えたように見える。
 
「私はビンチェンツォ(モンテッラ)とはサッカーの見方が少し異なっている。彼はパスをつなぐのが好きだ。その点は私も同じだが、あるところまで行ったら縦にボールを送り込み、FWの動きを生かして敵陣の深いところで危険な状況を作らなければならない」

 これも就任会見でのコメントだが、実際「ガットゥーゾのミラン」はモンテッラ時代と比較して明らかに縦志向が強くなっている。

サイドを活用した縦志向の強い攻撃

サイドを活用し、チャルハノール(右)を左ウイングとして機能させることに成功 【写真:ロイター/アフロ】

 最終ラインからパスをつないでビルドアップしようとする点は大きく変わらない。しかし、モンテッラが主に中央のルートでボールを中盤に運び、そこでいったんポゼッションを確立しつつチーム全体を押し上げて、最後の30メートルの攻略に移るというアプローチだったとすれば、ガットゥーゾは中央よりもサイドを主体に、より少ない手数でボールを敵中盤ラインの背後、いわゆる2ライン間(MFとDFの間)に送り込もうとする傾向が強い。それによって相手の守備ラインを押し下げ、そこから一気に少人数で、攻撃陣の個人能力を生かして攻め切れればそれで良し、そうでなければいったん中盤にボールを戻してチーム全体を押し上げて2次攻撃にかかるという考え方だ。

 ラスト30メートル攻略の鍵を握るのは、右のスソ、左のチャルハノールという4−3−3システムの両ウイング。ウイングといってもワイドに構えるのではなく、2ライン間のやや内に絞ったゾーンで中盤、時には最終ラインから直接縦パスを引き出して前を向き、ドリブル突破やコンビネーションからフィニッシュを狙っていく。ともに強力なミドルシュートの持ち主であり、少しでもコースが見えれば敵最終ラインの手前からでも強引にシュートを試みる。このシュートが直接決まるか、そうでなくともGKが弾いたこぼれ球をゴール前に詰めた誰かが押し込むというのは、モンテッラ時代からミランの重要な得点パターンの1つであり続けている。

 実を言えば、それ以外に効果的な攻め手を持っていないという限界は、監督が変わっても完全に解消されたわけではない。得点が1試合平均1.36から1.57へとやや増えたのは、モンテッラ時代にはラスト30メートルの仕掛けをスソ1人に頼っていたのに対し、ガットゥーゾはチャルハノールを左ウイングとして機能させることに成功したからだ。右だけでなく左サイドからの仕掛けもレパートリーに加わったことが大きい。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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