今治に感じるJ3昇格への自信と重圧 上々の「船出」となったJFL開幕戦

宇都宮徹壱

PKで先制されるも、あっさり逆転してみせた今治

この試合で2ゴールを挙げた桑島良汰。4点目もアシストして好調ぶりをアピール 【宇都宮徹壱】

 13時キックオフ。今治は序盤から、ポゼッションで大分を凌駕(りょうが)し、たびたびゴール前でチャンスを作っていく。新戦力で目立っていたのは、ボランチの右で起用されていた山田で、同じサイドのDF玉城峻吾やMF三田尚希とのコンビネーションも抜群。またセンターバックの太田も、自らボールを前に運んで攻撃の起点となるプレーを見せていた。もともとは泥臭いタイプのDFだったが、今治のスタイルに早くも順応しつつあるようだ。一方、昨シーズンのJFL得点ランキング2位タイ(17点)の有間は、チャンスの場面に何度も顔を出すものの、やや空回りの印象。前半は0−0で終了する。

 試合が動いたのは、後半6分であった。それまで守勢に回っていた大分がPKを獲得。これを西室隆規が、GKクラッキの逆を突くゴール左に決めて、アウェーの大分が先制する。一瞬、夢スタに嫌な空気が流れるが、わずか1分後に大歓声。瓜生のパスを受けた玉城が、右サイドやや遠めから右足を振り抜いて大分のゴールネットを揺さぶった。今季のファーストゴールがDFだったのは、いかにも今治らしい。地元ファンは濃紺のマフラーを振り回して喜びを表現した。

 今治の追加点は後半11分。左MFの桑島良汰が逆サイドに展開、中野圭からのクロスを受けると相手DFを難なくかわし、こちらも豪快にネットを揺らした。立て続けに同じサイドを割られた大分は、実は前半15分に左サイドバックが負傷交代していた。代わって入った選手が「穴」であることを、今治は前半のうちに悟ったのだろう。桑島は後半31分にも、玉城の右からの折返しを冷静に決めて2点目をゲット。昨シーズン、有間と同数のゴールを挙げている今治の10番は、今季も好調を維持している。

 その有間は期待に応えられず、後半18分にベンチに下がっていた。代わって入ったのは小野田将人。DF登録だがFWとしても機能できる、地域リーグ時代から不可欠な選手である。小野田だけではない、長尾善公や片岡爽といった歴戦の選手たちも、この日はサブ。それだけ今季の今治は選手層が厚い、ということだ。その後、ベンチは後半25分に山田に代えて金子雄祐を、そして41分に長島滉大に代えて佐保昂兵衛を、それぞれ投入。その佐保が、アディショナルタイム1分に桑島のラストパスを受けて、ダメ押しの4点目を挙げる。それからほどなくして、終了の笛が鳴った。

優勝候補としての風格が感じられる今治だが

試合後の岡田武史オーナー。勝利に喜びながらも経営者としての苦悩をにじませていた 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば4−1の大勝。上々の「船出」だったと言えよう。吉武監督は「去年の(ホームでの)大分戦が3−1だったことを思えば、今回のスコアは悪くない」としながらも、前半が無得点に終わったことについては「いつでもどこでも誰とでも(いつも通りのプレーが)出せないのでは、今季のテーマである『プロフェッショナル』とは言えない」。また、新戦力の評価に関しては「チームの融合はできていたが、もう少し体力を上げていってほしい」とコメント。とりわけノーゴールに終わった有間については「残念。もっと点が取れる選手になってほしい」という注文を忘れなかった。

 確かにスコアでは、今治は相手を圧倒していた。しかしこの日の大分が、最後まで左サイドの穴を埋め切れずに失点を重ねていたこと考えると、両者に明確な戦力差があったことは留意すべきだろう。と同時に、この1年での今治の成長ぶりも強く実感する。JFL1年目の昨シーズン、地域リーグから昇格したばかりの今治は、周囲から注目されながらも完全なチャレンジャーであった(実際、JFL初勝利まで5試合を要した)。しかし開幕戦を終えた今治は、優勝候補としての風格が感じられる。選手の間からも「ファーストステージ優勝」とか「毎試合5−0を目指す」といった、鼻息の荒いコメントが聞こえてくる。間違いなく、彼らは本気だ。

 吉武監督に続いて、岡田オーナーもメディア対応に応じた。今日の試合内容については「前半はイライラしながら見ていて、ハーフタイムに(ロッカールームに)怒鳴り込んでやろうかと思いましたが(笑)、後半は素晴らしい試合を見せてくれた。次は90分間、楽しめる試合をお見せしたい」。その一方で、「今季のクラブ予算は約7億5000万円、従業員50人を超えました。個人経営の状態から、企業としても機能しなければならない。これを乗り越えられなければ、かなり厳しい。今年(J3に)上がれなければ、待ってくれないスポンサーもいると思う」と、オーナーとしての苦しい胸の内も明かした。

 当然、そうしたクラブの事情は、現場もひしひしと感じていることだろう。実はこの日、吉武監督の相貌に変化があった。ひげを伸ばしていたのである。会見で理由を聞くわけにもいかないので、顔見知りの同業者に聞いてみたら「どうやら願掛けしているみたいですよ」という答えが返ってきた。あくまでも理詰めのタイプの指揮官と「願掛け」という言葉に、なんとも言えぬミスマッチを感じる。事実だとすれば、昇格のプレッシャーを吉武監督自身も感じているということなのだろう。第1節でリーグ首位に立った今治だが、まだ30試合のうちの1試合が終わったばかり。次は前半戦の山場である、第5節の八戸戦をリポートする予定だ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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