「今年はもう岡田メソッドはやりません」 吉武博文が今治で描くビジョン<後編>

宇都宮徹壱

今季は岡田メソッドよりもプレーモデルの構築

選手に岡田メソッドを指導する吉武監督。しかし今年は「プレーモデルを重視する」 【宇都宮徹壱】

 岡田メソッドについてですか? 今年、選手に言っているのは「メソッドは16歳まで」ということなんですね。この3年間、20歳から24歳くらいの選手に教えてきましたが、16歳までに体得すべきことをトップのプレーモデルにするにはおのずと無理がある。(16歳までの)メソッドがあった上で、どういうプレーモデルをトップチームで作っていくか。

 プレーモデルというのは、分かりやすく言えば「自分たちがやりたいサッカー」ですよ。(ペップ・)グアルディオラにも(ジョゼ・)モウリーニョにも、それぞれプレーモデルがある。われわれは「2018バージョン」と呼んでいますけれど、3月までにこのプレーモデルを落とし込んで、今季を乗り切らならないといけないわけです。

 で、われわれが目指す方向は「ストライカーがいなくても点が取れる」というものでした。このチームを指揮していて、僕は「ストライカーがいなくても点が取れるサッカーをしていたら、ストライカーが育つ」と思いました。何だか禅問答みたいですけれど、桑島良汰はMFなのに去年のJFL得点ランキングで2位タイ(17点)ですよ。自分たちは、特定のストライカーに頼ろうとは思わない。けれども終わってみたら、ちゃんと点が取れる選手が出てくるんですよね。しかも桑島だけでなく、いろいろな選手が点を取っている。「ああ、間違っていなかったな」と思う反面、突出して点が取れる選手が出てきたのは、自分にとって新しい発見でした。

 これまでの3年間は、メソッドの構築とトップチームの強化を並行してやってきましたが、今年はもう岡田メソッドはやりません。すでに選手たちも理解しているので、その上でプレーモデルを作る年になります。今季、新加入の選手が10人いて、3分の1が入れ替わりました。この10人については、僕や高司さんから見て「われわれのメソッドにすぐ順応できるだろう」という基準で選びました。でもそれって、本来は普通のことですよ。日本のクラブは「いい選手」の基準が曖昧だと思います。クリスティアーノ・ロナウドは、一般的にいい選手かもしれないけれど、じゃあウチのメソッドやプレーモデルにハマるかどうか、これは分からないですよね。これは極端な例ですけれど。

 今年は「ハマりやすいだろう」という選手を選んできましたが、最初のうちは新しい選手だけ集めてトレーニングする必要はあると思います。まずはメソッドを落とし込まないといけないから。でも、いつまでも別々にやるんじゃなくて、誰が出てもわれわれのプレーモデルが表現できるようにしていかないといけない。どんなに選手が入れ替わっても、目指すプレーモデルは変わらない。そのためのノウハウはあるのですが、それは個人のノウハウではなくクラブのノウハウです。その監督がいなくなったら終わりではなくて、どういう監督が来ても基本的なプレーモデルは変わらない。もちろん、監督のカラーというのはあるんだけれど、「山を登る」という目的が同じなら、何も問題はないと思っています。

目標は「僕がやっていることが目立たなくなる」こと

岡田オーナーから「日本のグアルディオラになれる」と言われた吉武監督の望みとは? 【宇都宮徹壱】

 実は昨シーズンのファーストステージ、岡田さんは何試合かベンチに入っているんですよ。16年の地域CLが最後ではないです。あの時は「今後はベンチには入らない」っておっしゃっていましたが、僕は岡田さんが入りたければ、いつでも入っていただいていいと思っています。ですから「どうですか、そろそろ?」と言ったら、「じゃあ、入ろうか」という感じでしたね(笑)。でもセカンドステージは、最初から「(ベンチ入りは)勘弁してくれ」と言われて。ちょうど夢スタの準備が忙しかったし、スポンサー回りもあったから「もうベンチには入らない」と、早々に宣言していました。

 この3年間、ずっと岡田さんと一緒に仕事をしてきて、今治での住まいも同じだったので、ちょっと麻痺しているところがあるかもしれない。CMOとしての岡田さんは、やっぱりいろいろな見方や考え方を持っているので、今でも刺激になっています。ただ、16年の時はかなり無理をしていたんだなと思います。あの年は(年間の)半分くらいは今治に来ていて、練習もずっと見ていましたから。ただ、ポンっとベンチに入っていたわけではないんですよ。試合しか見ていない方は知らないでしょうけれど。一方で岡田さんは、経営のことも考えないといけない立場ですからね。本当に大変だったと思います。

 僕らも最初の頃は、岡田さんがCMOとして発言しているのか、それともオーナーとして発言しているのか、ごっちゃになっていたところはあったと思うんですよ。何しろ小さなクラブだから、岡田さん自身もいろいろな役割をこなさなければならなくて、大変だと思います。チームの最終決定を下すのは監督ですが、クラブの最終決定はオーナーだし、結果に対して責任を取るのもオーナー。思い切った決断ができるというメリットはあるけれど、当然ながらリスクもあります。もし失敗したら、岡田さんは自宅を売らなければならない。そこまで責任を負っているオーナーなんて、Jクラブでもなかなかいないですよね。

(岡田オーナーが「吉武は日本のグアルディオラになれる」と言っていたが)それは思いつきで言ったんでしょう(笑)。たぶん「異端」とか「斬新」という意味だったんだと思います。日本は今回もW杯に出場しますけれど、サッカー文化で考えたら世界で32番目ではなく、残念ながらもっと下だと思っています。僕としては、自分が今やっていることが、異端でも斬新でもなくなってほしい。これが普通になる、僕がやっていることが目立たなくなる。そうなっていけば、世界のサッカーに少しでも近づいて、日本でもサッカーが文化として根付いていくことにつながっていくんじゃないか──。そう思っています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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