初のJFLを戦う人口6700人の町民クラブ 「3.11」開幕戦に臨むコバルトーレ女川

宇都宮徹壱

今季のJFL開幕は3月11日

コバルトーレの近江弘一代表。JFL開幕の3月11日を「われわれの『命日』」と言い切る 【宇都宮徹壱】

 クラブが実力をつけていくのと歩調を合わせるように、女川の町も着実に復興していった。「千年に一度の大災害で、すべてが流されたんです。だからこそ、千年に一度の街づくりをしていく必要がある」と語るのは、女川の須田善明町長(この人もコバルトーレの大ファンだ)。7年前はがれきの山だった女川駅周辺は、モダンなデザインの店舗が並ぶ商業施設『シーパルピア女川』に生まれ変わった。かつて自衛隊が駐屯していた総合運動公園も、今では立派な復興住宅となっている。今回の取材では、近隣の沿岸部にも足を伸ばしてみたが、復興のスピードが最も速く感じられたのが女川町であった。
 
 復興のスピードを支えているのは、意外にも「人口の少なさ」である。お互いの顔が見えるからこそ結束しやすいし、復興への当事者意識も強い。もうひとつ見逃せないのが、女川町が独立した自治体であること。平成の大合併の際、隣接する石巻市に飲み込まれることなく「自治」を守ったことで、震災後は県や国と直接交渉できたのも大きかった。もっとも女川の独自性が、地元の女川原発に関連する交付金に担保されていたという事実は留意すべきであろう。近江代表がコバルトーレを立ち上げたのも、「女川はスポーツ関連施設が充実しているから、その資産を地域活性に生かそう」という発想が原点であったという。そうした施設の充実ぶりもまた、地域に原発があればこそであった。
 
 そもそも「コバルトーレ」というクラブ名自体、地元の海の色(コバルトブルー)と森(フォーレ)の造語であると同時に、「原発の町」というニュアンスも含まれている。震災以降、女川原発の再稼働は見送られたままだが、街中では原発作業員の姿をよく見かけるし、原発再稼働を支持あるいは容認する町民も意外と多いと聞く。あるコバルトーレのサポーターは「自分たちが何によって生かされているかを考えれば、支持するほかないですよね」と語っていた。ここで、原発の是非について声高に論じるつもりはない。ただし、同じ被災地のクラブである福島Uが、震災と原発事故からの復興を立脚としていたことを考えると、そのコントラストの激しさには戸惑いを覚えるばかりである。
 
 さて、今季のコバルトーレである。監督が阿部裕二氏から村田達哉氏に代わったものの、東北リーグ時代と同じくプロ選手はゼロ。日中は勤務があるため、練習も夜のままだ。冒頭で述べた通り、JFL開幕は3月11日。そう、震災発生からちょうど7年である。近江代表は「つまり、われわれの『命日』ですよ。そういったことも含めて、僕は(JFL昇格は)必然のようなものを感じるんです」と実感を込めて語る。開幕戦はアウェーで、相手はJFL目下2連覇中のHonda FC。おそらく当日は、震災と絡めた報道が先行することだろうが、ピッチ上での彼らのパフォーマンスにも、ぜひ注目していただきたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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