野球データがもたらした新たな価値 MLBでの活用事例とその背景

新川諒

SAJ2017で講演したインゼリーロ氏 【スポーツナビ】

 膨大なデータの蓄積は日本のスポーツ界に大きな変化をもたらしている。だがそのデータを活用して、ファンに新たな価値を提供することに関しては遅れを取っているのが現実だ。先日、米国でITとスポーツを融合したサービスをいち早く遂げたBAM TECHのCTO(最高技術責任者)を務めるジョー・インゼリーロ氏が日本スポーツアナリスト協会(JSAA)が主催する「スポーツアナリティクスジャパン(SAJ)2017」のため来日し、MLBでのデータ活用の事例とその背景を語った。

 インゼリーロ氏は1987年にMLBのホワイトソックスでキャリアをスタート。その後はシカゴに本拠地を置くブルズ(NBA)やブラックホークス(NHL)のホームアリーナ、ユナイテッドセンターのCTOに就任、05年からはMLB Advanced Media(MLBAM)のCTOとしてインスタントリプレーの拡充、モバイル端末へのスポーツライブ中継、そして革新的なトラッキングシステム「スタットキャスト」の導入など、数多くのイノベーションを球界にもたらしてきた。 

 今回、筆者はインゼリーロ氏の通訳兼コーディネーターとして5日間に渡って行動をともにする機会を得た。そこで、SAJ2017での講演内容を中心に、米国でのデータ活用の背景を紹介したい。

莫大なデータからポイントを絞って提供

 02年スポーツ史上初のインターネット上でのストリーミングを行ったMLB。その時の視聴者数は約3万人だった。現在はその何倍もの人々がオンラインでスポーツを楽しむようになったが、当時は数万人程度の広がりだった。それでもMLBが可能性を感じるには十分な数字だった。

 09年、オンラインストリーミングの世界にとってターニングポイントとなったのが、ハイディフィニション(HD:高解像度)だった。まだケーブルテレビでも整っていない高画質の視聴環境をオンラインの世界が生み出し、既存メディアのスピード感を上回ってみせた。そして一気にデジタル化の流れが加速し、14年に「スタットキャスト」が誕生する。

 スタットキャストとは高解像度の光学カメラとレーダーを用いることで、選手やボールの動きを正確に分析することができるシステムで、15年にMLBAMによってMLBの全スタジアムに導入された。これにより、「十分なデータを確保することができるようになり。試合で起こるプレーを物語として捉えることが可能になった」とインゼリーロ氏は語る。

 もちろん、サービス開始のタイミングから順調に滑り出したわけではない。インゼリーロ氏によると、「スタットキャストが提供するサービスは、ファンや関係者にすぐに浸透しなかった」と明かす。

 データというコンテンツだけではファンを興奮させることはできなかったのだ。そこでインゼリーロ氏はスタットキャストを商品として売り出していくために、ファンやメディア関係者にスタットキャストが示す数字に関する教育から開始する。例えば、それまでホームランの飛距離は推定で測られていた。MLBの球場はそれぞれ大きさや形状が違うため、どの打者が最もボールを遠くまで飛ばすかという議論さえ、正確な数値をベースに行うことができていなかった。そこでまずは、ホームランにまつわるデータを提供することで、スタットキャストの注目度を高めた。データ自体は400項目以上も分析できるが、その中から厳選して、打球速度、打球角度、打球の飛距離などの数項目だけに絞って明示するようにした。まずはファンが気になっている数値にポイントを絞り、分かりやすく伝えていくこと、これが最初のステップとなった。

 ファンに提供するデータは徐々に増やしているが、親しみのない数値をどう興味深いものにするか、試行錯誤は今も続いている。17年シーズンから現地の中継でも頻繁に使用されるようになった、守備で選手が移動するルートの効率性について、捕球確率をパーセントだけでなく、星を用いて5段階評価で表現するなど、メディアと協力しながらできるだけ親しみやすい見せ方を工夫している。

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著者プロフィール

オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学中にMLBのクリーブランド・インディアンスで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後、ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者、ライターとして活動中。NHK衛星スポーツで中継番組に通訳・翻訳者として携わり、第4回WBCではMLB広報として侍ジャパンに帯同

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