チームがひとつになったアルマトイの夜 集中連載「ジョホールバルの真実」(2)

飯尾篤史

城彰二は最終予選当時、22歳だった 【スポーツナビ】

「実はね、それまでチームはバラバラだったんです」
 そう明かすのは、当時22歳だった城彰二である。96年3月に前園真聖、川口能活、中田英寿らとともにU−23日本代表として28年ぶりに五輪出場を決め、8月のアトランタ五輪終了後、日本代表に定着した城は、カズとの2トップでアジア最終予選の開幕を迎えた。しかしその後、呂比須にポジションを譲り、サブに回っていた。
「カズさんや井原(正巳)さんは、4年前にあと一歩のところで夢が途切れてしまったという思いがすごくあったと思う。実際、ドーハ組は背負うものが重かったせいか、最終予選でのパフォーマンスがあまりよくなかった。一方、僕らアトランタ五輪世代は、俺たちが歴史を変えていこう、俺たちが扉をこじ開ければいいんでしょ、と思っていたから、どこかギクシャクしたところがあって」
 そうした認識は、アトランタ五輪世代だけのものではない。ベテランと若手の間に立っていた当時28歳の山口も、ある種のギャップを感じ、だからこそ双方をつなぐことを意識していた。
「中間管理職のようなものですよね。下は自由だし、上は予選の怖さを知っているだけに慎重というか。僕は所属(横浜フリューゲルス)で前園と一緒だったから、下がどんな感じか分かっていた。だから、上とは話し合って、下には『まあまあ』となだめて。でも、代表はそういうもの。いろいろな世代が集まるわけですから」

 カザフスタン戦後には、同点にされたショックで放心状態の川口が井原と衝突し、重い空気がチームを支配していた。追いうちのように、指揮官更迭という重い現実を突きつけられた選手たちはその夜、井原の発案でリラックスルームに集まり、ビールを飲みながら思いの丈をぶつけあった。再び、城が振り返る。
「みんなで飲んだのは初めてでしたね。お酒の力を借りて、僕らは言いたいことを言ったし、上の人たちも受け止めてくれた。それでわだかまりがなくなって、『加茂さんのせいじゃない、俺たちのせいだよな』と。まだ可能性があるから、戦おうって」
 チームはひとつになった。加茂からバトンを引き継いだ岡田も、選手の兄貴的存在だったコーチ時代とは一変し、「戦えない選手は使わない」「俺が監督をやることに不満がある者は出ていってくれ」と厳しい姿勢を打ち出し、チームを蘇生しようとした。

 それでも、サッカーの神様は微笑んでくれなかった。
 10月11日、スタメンを入れ替えたタシケントでのウズベキスタン戦を1−1で引き分けると、小野剛をコーチングスタッフに加え、ドーハ組の北澤豪を呼び戻して臨んだ国立競技場でのUAE戦も1−1のドローに終わる。
 この時点で、自力突破の可能性が、いったん消えた。
 スタジアムには悲痛の叫びが飛び交い、メディアには「絶望」の文字があふれた。
 そんな崖っぷちから、日本代表は見事に息を吹き返す。
 11月1日、ソウルに乗り込んだ韓国との第7戦に2−0で勝利すると、最終予選の開幕から2カ月が経った11月8日、国立競技場でカザフスタンを5−1で下してグループ2位となり、アジア第3代表決定戦進出を決めた。
 こうして、ワールドカップ初出場まであと1勝というところまでこぎつけたのである。

<第3回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備(10月29日掲載)
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの(10月30日掲載)
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為(10月31日掲載)
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い(11月1日掲載)
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断(11月2日掲載)
第8回 スカウティング通りのゴンゴール(11月3日掲載)
第9回 20歳の司令塔、中田英寿(11月4日掲載)
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム(11月5日掲載)
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)
第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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