楽天・岸孝之が移籍初年度に見せた熱さ その存在がチームの投手力を押し上げる

松山ようこ

「福岡に行きましょう、皆さん!」

西武とのCSファーストステージ第2戦、「負ければ終わり」の一戦で好投。ファイナル進出の立役者となった楽天・岸 【写真は共同】

 マイクを向けられると、5秒くらいの沈黙が流れた。東北楽天の岸孝之は、すっと前を見やると、一気に言い放った。

「福岡に行きましょう、皆さん!」

 埼玉西武とのクライマックスシリーズ・ファーストステージ第2戦後、ヒーローインタビューでのことだ。正直、驚いた。野球という“仕事”に従事する時、いつだって岸はクールだからだ。もちろん人前で話すことに慣れてはいるが、あまり喋る方ではなく、口べたに見えるほど。およそ岸らしくない熱い呼びかけに、敵地に駆けつけた楽天ファンは大喜び。スタンドは大歓声で呼応した。

 岸はすぐに照れ笑いのような表情を浮かべると、「(第3戦は先発の)美馬(学)が頑張ってくれると思うので、しっかりと応援したいと思います。ありがとうございました」と締めくくった。この言葉どおり、楽天は美馬がしっかり試合をつくって翌日も勝利。今季8勝16敗と最も苦手にした2位・西武に、1敗の崖っぷちから2連勝を収め、ファイナルステージへ進出。見事、福岡に行ってみせた。3位からの下克上だった。

「福岡行き」の最大の立役者と言っていい。第2戦の岸は、「ここで活躍できなければ意味がない」と底力を発揮し、相手の強力打線に臆することなく、どんどんストライクゾーンに投げ込んで勝負した。結果、7回途中3安打8奪三振、無失点の快投。前日はエース・則本昂大が西武打線の猛攻に沈んだが、「ノリ(則本)の悔しさも晴らす」を有言実行した。

 岸の相手の勢いを打ち消して余りある圧巻のピッチングは、味方の空気をも一新した。福岡に「行ける」ではなく、「行こう」とムードを高めたのだから。

ブーイングに周囲は色めくも…

 ただ、この快投劇の裏では、“またしても”岸へのブーイングが起きていた。

 ルーキーイヤーから10年間、西武に在籍。通算103勝を積み上げると、FA権を取得した昨オフに「生まれ育った仙台に恩返しがしたい」と楽天に移籍。今年5月に凱旋(がいせん)登板した背番号11に対して、西武ファンは大ブーイングで迎えた。聞くに耐えない罵声も目立ったと、議論も呼んだ。

 何人かのベテラン記者やカメラマンも「あれはないと思う」と口をそろえていたことが思い出された。また、ブルペンを担当する森山良二投手コーチも心ない罵声を耳にしたと言い、「情けない気持ちになった」と吐露するも、「でも岸は何も言わないんだ。さすがだなと。本当にすばらしい選手です」と感嘆する。

 古巣での先発はその時以来だった。メットライフドームは、ブルペンが一塁側の観客席のすぐ前にある。そこで、試合前に付近を取材した。岸は、黙々と球を投げ込んでいた。幸いにも酷いヤジはごく一部のファンのようで、少なくとも周辺を何度か通った限りでは(※通路で立ち止まるのは観戦の妨げになるため禁止)、応援の声や「あ、岸だ!」と嬉々として近づくファンの方が目立って見えた。また、内野で観戦していた楽天や岸個人のファンに話を聞くと、「外野の方からのヤジはよく聞こえない」「別に不穏な感じはなかった」との反応だった。

 だが、場内に「ピッチャー、岸」のアナウンスが流れると、示し合わせたようにブーイングがドーム中に響きわたる。ただし、それもすべてが怒気や恨みを含んだ声ではなく、プロレスのブーイングのように“お約束”として楽しげに発している声も含まれていたようだった。

 それでもブーイングはブーイング。楽天を3年ほど取材してきたため、少なからずこみ上げるものがあった。いわんやチームメイトの心中は察して余りある。この日、中継ぎ陣は岸の降板後、鬼気迫る投球で勝利の立役者となった。

 試合後の囲みで本人にブーイングのことを尋ねたが、森山コーチの言うように何も語ってはくれなかった。「それを言われても……はい」と答えると、「ブーイングはもちろん聞こえたけれど、何も特に思うことはなかった」と繰り返し、男気と集中力の高さをうかがわせた。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。翻訳者・ライター。スポーツやエンターテインメントの分野でWebコンテンツや字幕制作をはじめ、関連ニュース、企業資料などを翻訳。2012年からライターとしても活動をはじめ、J SPORTSで東北楽天ゴールデンイーグルスやMLBを担当。その他、『プロ野球ai』『Slugger』『ダ・ヴィンチニュース』『ホウドウキョク』などで企画・寄稿。2018年よりアイスクロス・ダウンヒルの世界大会Red Bull Crashed Iceの全レースを取材。小学館PR月刊誌『本の窓』にて、新しい挑戦を続けるアスリートの独占インタビュー記事「アスリートの新しいカタチ」を連載中。

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