5カ月前の結末を取り戻した村田諒太 勝った相手の思いも抱え新しい使命へ

宮崎正博

5カ月前の王座決定戦では奇妙な判定で敗れた村田。今回は疑う余地なきTKO勝利で新チャンピオンとなった 【写真は共同】

 8ラウンド開始のゴングを聞くその間際だ。チャンピオン、アッサン・エンダム(フランス)が赤コーナーのいすから立ってこない。そして、ここまで数多くの名勝負を裁いてきたラスベガスの名レフェリー、ケニー・ベイルズが頭上で両手を交差させる。エンダムがその後の戦いを放棄したのだ。青コーナーにいた村田諒太(帝拳)が飛び上がる。両手を挙げ、誰はばかることなく涙を流す。そう、5カ月前にあったはずの結末が、今度こそ形としてもたらされたのだ。

 10月22日、東京・両国国技館。プロボクシングのトリプル世界戦、トリを飾ったWBA世界ミドル級タイトルマッチ12回戦、挑戦者として立ち向かった村田は、王座決定戦であまりに奇妙な判定で敗れたエンダムを棄権TKOに追いやり、新チャンピオンとなった。

最初から村田の右におびえたエンダム

序盤から圧倒した村田(右)。エンダムは村田の右を怖れていた 【赤坂直人/スポーツナビ】

 外は台風21号による驟雨(しゅうう)に道々は打たれていた。そんな外界と隔絶された、ここ両国国技館は、熱気にあふれかえった。すべてのチケットが売り切れ、当日売りはなし。会場にいる8500人の観客にのみ、ヒーロー、村田が宿敵を打ち破る感動を、その肌身で共有することが許される。

 ファーストゴングは午後8時34分。世間の一大事、総選挙の開票速報さえもここには届かない。

「前回の負けという結果を踏まえて、さらに積み上げたものがある」と村田が語れば、エンダムは「1000パーセントの勝つ自信がある」と言い放って臨んだリングだ。出された判定の是非はどうであれ、最初の顔合わせは肉弾相打つ熱闘だった。今回もまた熾烈(しれつ)なペース争いからスタートを切るはずだ。多くのファンはそう考えただろう。だが、最初から一方的なものとなる。

 オープニングラウンド、エンダムは右方向に、それから左へとステップを踏むが、村田のプレッシャーにすぐに動きを失った。さらに前進を食い止められぬとなると自ら両手で組みついていく。断っておくが、これはクリンチという接近戦で腕や体を絡める技術ではない。両手で体にしがみつくホールディングという反則である。

 もうこの時点で半ば結末は予見できた。エンダムは明らかに村田の右のパンチを怖れているのだ。前戦、このパンチをまともに食って、顔面からキャンバスに滑降する痛烈に過ぎるダウンを食らい、最後の最後まで、ダメージを引きずりながらの戦いになってしまった。半年に満たない期間で、そんな記憶を消し去ることはできるはずもない。

ボディーブローから崩しにかかった

エンダムは村田のボディブローに動きが悪くなっていった 【赤坂直人/スポーツナビ】

 2ラウンドこそ、エンダムは軽いジャブから右ストレートを乱発して、まだ体のほぐれない挑戦者を遠距離に追いやり、この試合唯一のポイントを奪ったが、ラウンド終盤には左フックのボディーブローを食って立ち往生した。

 村田は前戦でフル稼働させた右に加え、ボディーショットも多用する。肝臓を狙う左に加え、脇腹目がけた右も効果的だ。エンダムの動きはまたまた減退する。もはや、決死の覚悟で接近戦に望みをかけるしかなくなった。そして、村田のパワーショットに揺さぶられることになる。

 エンダムの不調には言い分もある。試合後の本人コメントによると、WBA王座獲得後に左足首を痛めた。9月にはチーフトレーナー、ペドロ・ディアスの指導を受けるために米国のフロリダに向かったが、40度に届くかという高熱を出し、さらに現地を襲ったハリケーンの影響で十分な追い込みができなかった。試合の延期も考えたものの、イベントの大きさを考えて出場を決めたのだという。

 むろん。だからといって同情できるはずもない。万全の状態を作り上げるのが、戦う上での大前提である。まして、この一戦にはオリンピックの金メダルからプロの世界チャンピオンへ。村田自身の、さらに日本のボクシングファンの熱い期待が凝縮されていたのだ。

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著者プロフィール

山口県出身。少年期から熱烈なボクシングファンとなる。日本エディタースクールに学んだ後、1984年にベースボール・マガジン社入社、待望のボクシング・マガジン編集部に配属される。1996年にフリーに転じ、ボクシングはもとより、バドミントン、ボウリング、アイスホッケー、柔道などで人物中心の連載を持ったほか、野球、サッカー、格闘技、夏冬のオリンピック競技とさまざまスポーツ・ジャンルで取材、執筆。2005年、嘱託としてボクシング・マガジンに復帰。07年、編集長を経て再びフリーになる

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