補強戦略との“ズレ”に苦しむミラン 指揮官を悩ます、選手起用のジレンマ

片野道郎

当初の“構想外”だったボヌッチの獲得

クラブ最高額となる4200万ユーロ(約55億円)を投じ、CBレオナルド・ボヌッチ(19番)を獲得した 【写真:ロイター/アフロ】

 当初の構想に入っていなかったのは、4200万ユーロ(約55億円)という、最も高額の移籍金を投じたCBレオナルド・ボヌッチの獲得である。

 ユベントスで最終ラインの中核を担い、スクデット6連覇を支えてきながら、チーム内での軋轢(あつれき)の高まりから突如、移籍を決断したこのイタリア代表CBを獲得できるという降って湧いたようなチャンスに、ミランは躊躇(ちゅうちょ)なく飛びついた。それだけでなく、新体制を象徴する新たなチームのリーダーとして、キャプテンマークまで用意して三顧の礼で迎えたのだった。

 ボヌッチは4バックのCBとしてももちろんプレーできるが、本領を発揮するのは3バックの中央。高さと強さを武器とし、以前は弱点だった読みや状況判断もユべントスで磨き上げてきたものの、スピード、アジリティーなど機動力には欠けるため、敵アタッカーに対して数的優位を保ちやすい上にカバーすべき守備範囲も狭い3バックの方が持ち味を生かせるからだ。

 それに加えて、一気に前線に送り込むロングフィードをはじめ、精度の高い長短のパスを駆使して最後尾から攻撃を組み立てるゲームメーカーとしての傑出した能力も、ボヌッチの大きな武器だ。

 しかしそれでもモンテッラは、当初すでに着手していたプロジェクトの継続性を重視して4−3−3を維持することを選び、EL予選とプレーオフ、そしてセリエA開幕に臨んだ。この段階で、3バック導入の可能性について質問を受けた時には、「もちろん頭の中では想定しているが、実際にピッチ上で機能させるためには時間が必要だ。一朝一夕にできるものではない」とコメントしている。

「アップグレード版の4−3−3」は機能せず

 モンテッラがプレシーズンから取り組んできた「アップグレード版の4−3−3」は、最終ラインからパスをつないでのビルドアップでチーム全体を押し上げ、ポゼッションで主導権を握りながら敵陣で試合を進める。そしてボールを奪われても後退せず、前に出てのハイプレスで即時奪回を目指す、という方向を打ち出したものだった。これは、モンテッラが信奉し、以前率いたフィオレンティーナなどで実践してきた「ポジショナルプレー」の考え方により忠実なプレーモデルである。

 昨シーズンも当初はこの考え方に立っていたものの、チームの戦力が技術的にこの戦術を遂行できるレベルに届いていなかったことなどから困難に直面。最終的にはポゼッションによるゲーム支配とハイプレスを断念して重心を下げ、奪ったボールはなるべく早いタイミングで前線(とりわけ相手の最終ライン手前のスペースでフリーになったスソ)に送り込んで、そこから仕掛けるという「現実路線」に転換したという経緯があった。

 しかし開幕からの数試合で明らかになったのは、各ポジションで個のクオリティーが高まったにもかかわらず、チーム全体として見ると、この戦術を攻守両局面でバランス良く機能させるところまで、組織的な連係が確立されていないということだった。

 具体的には、前線からアグレッシブなプレッシングを仕掛けてくる相手を前にすると、最終ラインからの球出しがスムーズにいかず、チームを押し上げることができない。そこをクリアして敵陣までボールを運び、ポゼッションを確立しても、ボールを奪われた直後のプレッシングが効果的に機能せず、ボールを簡単にオープンスペースに持ち出されて、押し上げた陣形の背後をカウンターで突かれる場面が頻発する、など。

 攻撃時に両SBが高い位置まで進出し、左右のウイングがやや内に絞った「ハーフスペース」と呼ばれるゾーン(ピッチを縦に5分割した時の2番目と4番目。敵が4バックならば、ちょうどCBとSBの「ゾーンの切れ目」にあたる)に入ることで、センターFWを含めた5人のアタッカーがピッチの幅全体をカバーし、攻撃に選択肢を作り出すというのが、モンテッラ戦術の約束ごと。その時の陣形は実質2−3−5と呼ぶべき、前掛かりの配置になっている。

指揮官に迫られる「スソかボヌッチか」の選択

指揮官は「スソかボヌッチか」という難しい選択を迫られている 【写真:ロイター/アフロ】

 それだけに、ボールを失った時にはすぐにプレッシャーをかけてパスの選択肢を奪わなければ、最悪の場合は後方に残ったCB2人と中盤の底でプレーするビグリアの3人、そうでなくとも4〜5人で、広大なオープンスペースをカバーしなければならなくなる。

 9月の代表ウイークが明けたセリエA第3節、アグレッシブなプレッシングとそこからの逆襲速攻というインテンシティー(強度)の高いサッカーを武器とする好調ラツィオの前に、まさにその弱点を突かれる形で1−4の惨敗を喫した。これによって、モンテッラはまずボールロスト後の守備を安定させて失点を防ぐという現実的な狙いから、最終ラインの中央を厚くする3バックの導入に踏み切らざるを得なくなった。

 そこで選ばれたシステムは3−5−2。4−3−3におけるチームの基本骨格とも言える3人のMFによる中盤を維持した上で、後ろを3バックにするとなると、必然的にこのシステムになる。前線の3トップを保って、3−4−3にする手もあるが、そうなるとここまで築いてきた中盤のメカニズムにまで大きく手を入れる必要が出てくる。ELも含めて中3日で週2試合が続く日程の中で、そこまで手の込んだシステム変更を行うことは不可能ということだろう。

 2トップに関しては、前述の分散投資によって新戦力を1人ではなく2人獲得した上に、育成部門から昇格してきた生え抜きのパトリック・クトローネも期待以上のプレーを見せているため、戦力的な心配はない。だが問題は、このシステムだと、3トップの右ウイングとして機能することで攻撃の中核を担ってきたスソを、2トップの一角という本来とは異なるポジションでプレーさせるか、あるいはベンチに置くことを強いられることだった。

 ボヌッチの獲得、そしてFW2人への分散投資という当初の補強戦略との「ズレ」は、ミランの陣容に3バックという新たな選択肢をもたらす結果になった。しかし同時に、モンテッラに「4−3−3か3−5−2か」、もっと言えば「スソかボヌッチか」というジレンマを突きつけることにもなったわけだ。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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