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「国民的打者」李承ヨプの集大成
引退試合で見せた2本のアーチ

誰もが望んだ1本目とまさかの2本目

23年間の現役生活に別れを告げ、涙を流す李承ヨプ
23年間の現役生活に別れを告げ、涙を流す李承ヨプ【写真提供:サムスンライオンズ】

 韓国で「国民的打者」と呼ばれ、日本では「アジアの大砲」として知られた李承ヨプ(サムスン)が23年間の現役生活を終えた。


 10月3日、今季最終戦で行われた引退試合。2万4千人と満員の観衆が詰めかけたこの日の大邱(テグ)サムスンライオンズパークには、数々の劇的なホームランと誠実な人柄で人々を魅了し続けた李承ヨプのすべてが詰まっていた。


 午後5時、試合は妻のソンジョンさんが投手、李承ヨプが捕手を務める夫婦による始球式で幕を開けた。この日の李承ヨプは「3番・ファースト」で先発出場。それは彼の全盛期を象徴する持ち場だ。


 試合開始から数分が経過した1回裏、その時は訪れた。1死三塁で打席には李承ヨプ。2ボールからの3球目、ネクセンの先発、サイドスローの韓賢熙(ハン・ヒョンヒ)の真ん中低め、147キロの直球をたたくと、打球は緩やかな放物線を描いて右中間スタンドに飛び込んだ。先制の2ランホームラン。沸きあがる歓声。そして「さすが」という言葉。誰もが望んだ一発が飛び出した。


 しかし、これでは終わらない。3回裏の2打席目。2死走者なしの場面で1ボールからの2球目、内寄りの直球を軽く腕を畳んで押し込んだ。打球は高く上がるとライトポール際へ飛び込む。2打席連続のホームランだ。1打席目とは違って観客はぼう然、「まさか」という驚きの雰囲気の中、ダイヤモンドを一周した。

日本のファンへも「感謝の気持ちを伝えたい」

妻のソンジョンさんが始球式を行い、自身は捕手として登場した
妻のソンジョンさんが始球式を行い、自身は捕手として登場した【写真提供:サムスンライオンズ】

 この日、多くのファンは李承ヨプの打席が近づくと、座席を離れ移動を始めた。ホームランを右中間の通路で待ち構えるためだ。その姿は14年前の2003年、当時のアジア新記録と言われたシーズン56号弾を手にしようとする人たちとシンクロしたが、その様子は昔と今では明らかに違っていた。そこにいるのは虫取り網を手にし、ホームランボールの金銭的価値を求めたぎらついた目の中年の男たちではない。ブルーのユニホームを身にまとい、グローブを手にした幅広い世代の男女だった。


 14年前と比べて観客数が3倍以上増加した韓国プロ野球。李承ヨプのWBC、北京五輪での一発が韓国野球の躍進、人気向上につながり、今では若者や家族連れが楽しめる娯楽として定着したことが、この日のスタンドの様子で再確認させられた。


 李承ヨプはラストゲームの2本で韓国でのホームラン数を467本とし、日本での159本と合わせて日韓通算本塁打数を626本とした。千葉ロッテ、巨人、オリックスで8年間、助っ人として活躍したが、日本時代の実績に対する韓国国内の反応、そして自身への評価はとても厳しい。


 この日の試合前、李承ヨプは日本での8年間についてこう話した。


「日本では2軍で過ごした時間も長く、自分が思い描いたような姿、韓国でプレーしていた時のような爆発力を見せることはできなかった。こうやって23年間プレーできたのは“怠けてはいけない”ということを日本での失敗の中で、学べたからだと思う。(日本での日々は)成功ではないです」


 李承ヨプにとって、つらいことの方が多かった日本での日々。しかし日本のファンにメッセージを求めるとこう答えた。


「日本では熱烈に応援してくれるファンが多くて、遠征地や2軍の試合にまで来てくれる人もいた。8年間、満足はさせられなかったが、ベストを尽くした選手が引退することになったと感謝の気持ちを伝えたいです」

室井昌也
室井昌也
1972年、東京生まれ。韓国プロ野球の伝え手として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。現在「室井昌也の韓国野球を観に行こう!」(ラジオ日本)に出演中。12月2日には東京でハンファ前コーチの中島輝士氏とトークイベントを行う。有限会社ストライク・ゾーン取締役社長。

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