デュッセルドルフで感じた宇佐美の覚悟 ライター島崎の欧州サッカー見聞録(2)

島崎英純

弾ける「ウッチースマイル」を見てビールを一気飲み

内田(右)はクロスから相手DFのオウンゴールを誘発し、「ウッチースマイル」が弾けます 【写真:アフロ】

 試合はホームのフォルトナが先制しますが、ウニオンも負けじと同点ゴールを決める拮抗(きっこう)した展開に。すると74分に宇佐美、75分に内田が立て続けに途中出場を果たします。

 まず、内田のポジションはサイドバックではなく、なんと右のサイドアタッカーでした。逆転を狙い攻撃的なタスクを任された内田は果敢に相手ゴール前へ入っていき、78分、ペナルティーエリア内で味方からのパスを後ろ向きに受けると、右足でボールを引くようにして反転してクロスを送り、相手DFのオウンゴールを誘発! その瞬間、チームメートが一斉に内田のもとに駆けつけて抱擁を交わしました。弾ける「ウッチースマイル」に思わず僕も破顔一笑。いや、いかんいかん。周りはフォルトナサポーターだらけだった。一応ポーズだけでも悔しそうな素振りをしよう。でも、やっぱり顔がにやけてしまう。苦しみ続けた彼のサッカー人生の歩みを知る者としては、この感情を抑えることなどできません。仕方がないので、悔しいんだかうれしいんだかが分からないようにビールを一気飲みしました。

 ところで、「エスプリ・アレーナ」のビールの値段は500ミリリットルで4.5ユーロ(約600円)。少々お高く感じるのですが、給されるカップがリユースできるプラスチック製で、このカップを買った売店に返すと1ユーロ返してもらえるんです。

 すみません、少し話が脱線しました。

宇佐美のゴールに感動しながら、またビールを飲む

宇佐美の同点ゴールを決めた瞬間は感動に打ち震えていました。ビールを飲みながら 【写真は共同】

 さて、心の中で感涙に浸っていると、今度はフォルトゥナの右アタッカーとしてピッチに立っていた宇佐美が躍動します。何度かボールを保持してトライしたドリブルは相手に阻まれましたが、84分、味方の左CKからハイライトが訪れます。放たれたボールは味方選手の頭に当ってからいったん相手DFにクリアされ、その浮き球に反応した宇佐美が右足を一閃! アウトサイドでシュート回転をかけたボールが鮮やかにゴールへ突き刺さり、フォルトナが2−2の同点に追いつきます。僕の周りは、そりゃあ、もう大騒ぎ。隣のおじさんが「ウザミ! ウザミ!」と狂喜乱舞して両手で僕の肩を揺らすんです。分かりました! 分かりましたから! 

 それでも僕は少し感傷的というか、心の中で静かな感動に浸っていたんですよね。宇佐美の場合は2度目のドイツ挑戦で、それでもチーム内の立場が定まらずにベンチ入りすらままならない状況が続き、真っ暗なトンネルの中であがき、もがいていた。そこで今回、一念発起して2部での再トライを決め、そのデビュー戦で劇的な同点ゴール。 

 錯覚なんですが、聞こえたような気がしたんですよね、迷いなく右足の外側で強烈にボールをたたく瞬間に彼が発しただろうと思われる「うぉりゃー!」って声が。

「ここで、やってやる!」

 その力強いゴールには全身全霊の決意が込められていた。それを感じて、僕は歓喜よりも感動に打ち震えていました。ビールを飲みながら。

ピッチ上へ投げ込まれたリユースカップを拾う少年、少女たち。あとで売店に返すんですね 【島崎英純】

 試合は結局、試合終了間際の90分にフォルトナのフロリアン・ノイハウスが劇的な決勝ゴールを決めてホームチームが勝利。ここで、面白い光景が見られました。ホームチームのサポーターがビールのリユースカップを次々にピッチ上へ投げ込んでいくのです。そして、それをクラブスタッフに連れられた可愛い少年、少女たちが拾っていく。そうか、これは歌舞伎の「おひねり」みたいなものなんですね。僕ですか、もちろんカップを投げ込みましたよ。「Danke schön!(ありがとう!)」って言って。誰にお礼しているんだか分かりませんがね、はい。

宇佐美の仲間に駆け寄る姿に、ドイツで戦う覚悟を見た

日本人サポーターは、宇佐美の仲間のゴールを祝う姿から、必死に溶け込もうとする思いを感じたようです 【写真:アフロ】

 試合数時間後のデュッセルドルフ中央駅近くのカフェ。日本人サポーターの方が興奮気味に先ほどの試合について語り合っています。女性が男性に身振り手振りで話している内容が聞こえてきました。

「私が一番感動したのはね、宇佐美選手のゴールじゃないの。彼が決勝点を決めたフロリアンのもとに後ろから駆け寄って、おぶさるようにフロリアンの背中に飛びついたのよね。自分も異国で暮らしているから分かるんだけれど、今の彼はドイツでサッカーをプレーする覚悟を備えていて、この土地に必死に溶け込もうとしている。あの喜びの仕草には、そんな思いも含まれているんじゃないかなって思ったら、何だか泣けてきちゃった」

 宇佐美は9月23日のブンデスリーガ2部第8節、アウェーのザンクトパウリ戦で移籍後初スタメンを飾り、またしても右足アウトサイドで強烈な今季2点目をゲットしました。あの鋭くシュート回転を描く軌道は、まさに稲妻のごとし。宇佐美貴史は今、新天地で鮮やかに蘇ったのです。

 さて、次回はヘルタ・ベルリン、原口元気の話を。今、苦闘の中でも自己を見失わずに闘い続ける選手の姿を記したいと思います。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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