【SCS推進チーム】データのプロが外傷・障害を可視化「データから導き出す、選手を守る未来」
現場で生かされるソフトを活用しての「外傷・障害調査結果」
株式会社ユーフォリアの山中美和子氏(左)と前山幹氏 【(C)B.LEAGUE】
「ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)」は、同社が提供するスポーツ選手のコンディション管理ソフト。体重や体温、脈拍、睡眠時間とその質といったデバイスなどから得られる客観データ、疲労感や食欲、栄養状態、ストレスレベル、痛みといった主観データを一元管理できるというのが同ソフトの特徴だ。外傷・障害調査でも、ONE TAP SPORTSを活用。B1・24クラブ、B2・14クラブのメディカルスタッフが入力する外傷・障害の発生状況のデータを集計・検証し、定期的に状況を報告している。3月19日に発表された2024年1月末までの報告では「平均出場時間15分以上の選手群の外傷・障害発生割合は15分未満の選手群の2.37倍」「外国籍選手の外傷・障害発生割合は日本人選手の1.4倍」「ポジションによる外傷・障害発生リスクの関連は2024年1月末時点では確認できない」といった興味深い内容もあった。
外傷・障害を報告するにあたって、重要になるのが外傷・障害の定義や分類の基準である。
スポーツ科学の博士号を持ち、米国アスレティックトレーナー資格認定委員会公認アスレティックトレーナーでもあるR&Dリサーチャー、山中氏は「一口にケガと言っても、練習や試合を離脱するものとする考え方もあれば、痛みを感じた時点でケガとする考え方もあります。考え方が変われば件数が変わる。信頼性の高いデータを取るために、外傷・障害を報告する際にはガイドラインに基づいて統一された定義や基準に則ってデータを登録するようお願いしています。その中で感じているのは、これだけ抜け漏れのないデータを報告できる現場のスタッフの皆さんの素晴らしさです。現場のスタッフの方が、いかに本気で取り組んでくれているかということの表れと思います」と説明する。
また現場スタッフと逐一コミュニケーションを図っている前山氏も、「情報共有と議論のための場として、リーグのトレーナー部会が年に4回、シーズン中も開催されています。リーグで起こる事象に対して、どう対処するかを話し合うのですが、それはある意味“手の内を明かす”ことでもある。自クラブの選手が活躍してほしい、勝ってほしいという思いがある中で、自クラブに限らず、リーグの選手たち全員の安心、安全を目指して議論する姿に対して、他競技から参加した方が驚いたということがありました」とエピソードを紹介している。
広島ドラゴンフライズでヘッドトレーナーを務める森田憲吾氏 【(C)B.LEAGUE】
「防ぐことができないケガもありますが、肉離れなど防げたかもしれないものもある。私自身は体の可動域やバランス、姿勢を大事にしていて、選手たちには『必ず練習前に背骨と骨盤を動かしておいてほしい』と伝えています。そこは自律神経、睡眠やストレスにも関係している箇所であるため、体に程よい緊張状態を作り、可動域を広げた状態でプレーに入るというルールにしているのです。選手たちはプレーする約1時間前からウォーミングアップのためのストレッチを行なっていますので、しっかり浸透していると感じています」
それでも防ぐことができないケガに対しても手を打つ。ユーフォリア社によって導き出された報告書は、森田氏も「すごく参考にしています」と語る。
「かつては比較対象がなく、トレーナー間で情報交換することくらいしかできませんでした。しかし、リーグ全体でデータを取ることでシーズンの傾向を把握できるようになり、疲労度の数値やケガのフィードバックなどもクラブのGMやヘッドコーチ、フロントにも伝えやすくなります。例えば、近年だと脳振盪が増加しています。帰化枠、アジア枠の選手も増え、体格差のある日本人選手がディフェンスに付くケースも生まれています。なかなか難しいところもありますが、ストレングスコーチにフィジカル強化を求めるといった対策もしています。いずれにせよ、広島がB2だった時は、B1の情報はまったくわかりませんでしたし、リーグ全体での情報が“見える化”されたことで、すごくやりやすくなったと感じています」
アイデア次第で無限の可能性、データ活用で見える新たな実態
【(C)B.LEAGUE】
リーグ全体としてのデータは、さらなる効果を生む可能性を秘めている。
山中氏は、「サーベイランスを実施する意義として、競技を統括している団体の意思決定に効いてくるところがあると思っています」と語ると「外傷・障害予防という面では、いくつもの層でできることがあると考えていて、まず個人レベルでは選手はトレーニングや休養といったコンディショニング、トレーナーやコーチなどは何かを提供して改善し、故障を予防すること。続いてクラブとしてはスタッフの配備や器具の整備といった環境面を整えることができます。そしてリーグとしてはレギュレーションやスケジュールの調整を制度として整えていくことが考えられます。リーグがより安全な環境を整備するためにも、その判断材料となるデータを示すことに全力で貢献したいと考えています」と選手、クラブ、リーグにとって、新たなものを見出すきっかけにもなるはずと語る。
【(C)B.LEAGUE】
今まで見えていなかったことを浮き彫りにするためにも現場に貢献する——。ユーフォリア社の2人のスタンスは同じである。
「ONE TAP SPORTSを使用していただいている他の競技やカテゴリーのチームの方もBリーグでの取り組みにとても注目いただいています。SCS推進チームがあり、森田さんのような現場のプロの方の理解があって推進できていることですので、さらに皆さんがストレスなくデータを蓄積し、活用できる環境作りというのを、我々は何としても追究していきたいと思っています」と前山氏は、今後も現場を支えていきたいと語る。
そして山中氏は、改めて非常に高い精度で報告をしてくれているスタッフの素晴らしさを強調したうえで、「より安全な環境を目指すというSCS推進チームの取り組みは、スポーツ界にとってこれ以上ないロールモデルになると思っています。実態に即したデータを提示し、ブレインとなる皆さんにより良い議論していただくこと。それが自分の役割だと考えています」と今後もデータのプロとして貢献していきたいとした。SCS推進チームの根底となりうるサーベイランスによって、選手にとって、クラブにとって、リーグにとって、より良い環境づくりへとつながっていきそうだ。
取材・文:月刊バスケットボール編集部
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ