松井稼頭央から見える現役へのこだわり 2軍でのプレーも「楽しいですよ」
現在は2軍調整中の楽天・松井稼頭央。しかしその表情は明るい 【写真は共同】
観客席もない西武第二球場で、金網越しに数十人ほどのファンが口々に言った。視線の先には東北楽天の松井稼頭央。レフトへの大飛球を背走しながら、難なくキャッチしたのだ。テレビやラジオで中継されていれば、間違いなく実況は「松井、捕りました!」と叫び、解説はいかに難しいプレーだったかを説明していたことだろう。
だが、ここは2軍のある試合。調整と育成がメインのファームの一戦にすぎない。すぐ裏のメットライフドームでは、社会人クラブチームの日本一を決める全日本クラブ野球選手権大会がにぎやかに行われていた。迫力のある吹奏楽の応援演奏も聞こえてくる。まるで別世界のようだった。スパイクが土を蹴る音やグラブに球が収まる音まで、選手たちが発する一つひとつの音が聞こえる。もちろん鳴り物などない。歓声というよりは、ざわついたと言う方が近いかもしれないが、訪れたコアなファンの多くが稼頭央のファインプレーに酔いしれていた。
試合前に楽天のユニホームを羽織っていた夫婦に話しかけると、やはり稼頭央を観に来たという。聞けば、少し前に声を掛けてサインを頼んだが、「試合後でお願いします」と断られたそう。この日、先発だった背番号7は入念に準備をする必要がある。いつも通りに、丁寧にストレッチをし、プレーの確認作業を行うのだ。試合後に再び姿を現すと、数十人のファンが取り囲んでいたので、あの夫婦はサインをもらえなかったかもしれない。
1軍でも見ていたが、その入念な準備とアフターケアは、見る者を圧倒するものがあった。例えば、短い区間のダッシュやバランスボールを後ろに放り投げる練習がある。稼頭央は誰よりも高く遠くにボールを飛ばしていた。後でトレーナーに尋ねると、ダッシュも俊足の岡島豪郎より速いタイムをたたき出していたという。そして試合後は、いつも誰よりも早くに引き上げていた。無駄な時間を極力なくし、1分でも長く身体を休めて、翌日に備えようとしているように思われた。
3年ぶりの遊撃守備で話題に
4月22日の福岡ソフトバンク戦で放った今季初ホームランは、プロ野球史上では日本人最年長の41歳5カ月で、100人目となる通算200本塁打をマーク。6月26日のオリックス戦では、9回に同点タイムリーを放ち、「どうなっても知らないですよ」と冗談を言いながら“3年ぶり”にショートの守備につくと、延長11回に併殺打を完成。8月10日の北海道日本ハム戦では1対1に追いつくソロを放ち、チームが4時間24分の激闘を制すなかでも存在感を示した。だが、この日を最後に快音は途絶えた。
その間に、チームは大失速。リーグ首位を陥落し、2位も埼玉西武に明け渡した。今もクライマックスシリーズへ向け、正念場の戦いが続いている。
平石洋介2軍監督は言う。「確かに調子が悪くなったとはいえ、この時期に(2軍に)来た。年齢を考えても、いろんな思いがあるはず。でも、練習もすごくしてるし、『若手とできて楽しいわ』って言うんです」。
見ると試合中も、枡田慎太郎と何かバッティングの話をしているようだった。「気づいたことを伝えてくれてます。若手にいい影響を与えてると思いますね」と同監督は語る。
気づいたことをさりげなくフォローするのは、若手にだけではない。大リーグでも活躍した稼頭央は、外国人選手が加わると、最初に顔会わせとなる春季キャンプで、いつも率先して話しかけていた。それでいて次第に彼らがチームに慣れると、自分は必要ないだろうとばかりに、さりげなく身を引くのだ。戦力外からはい上がったベテランの久保裕也(現在は2軍調整中)に対しても、同様の気遣いが見られた。彼らのような「外様」の選手もみな、今ではチームにすっかりなじんでいる。