“大衆娯楽”のプロレス文化を根付かせた 24年間の歴史に幕を引いた大分プロレス

長谷川亮

解散興行に藤原喜明、船木誠勝らが参戦

大分プロレスの解散興行には、藤原喜明(左)と船木誠勝(右)が参戦。代表のジ・アッチィー(中央)の引退試合を務めた 【写真:チナスキー】

 7月23日、大分・別府ビーコンプラザにおいてアマチュア時代から24年に渡り活動を続けてきた大分プロレスが解散興行を迎えた。

 当日は藤原喜明に船木誠勝、ケンドー・カシンも出場する豪華メンバーで、場内は1094人の満員を記録。団体の代表であるジ・アッチィー、そして中心メンバーであるケンドー釜山の引退試合ならびにセレモニーも行われた。

「大分にプロレスを広め、根付かせる」――。

 そんな戦いを繰り広げてきたアッチィーに話を聞いた。

93年に旗揚げ 02年からプロに

地元に根差した活動を行い、この日は大箱のビーコンプラザを満員に埋めた 【写真:チナスキー】

 大分プロレスはアッチィーが高校時代に立ち上げたアマチュアプロレスとアマ総合格闘技団体の仲間たちがスタッフとなり、1993年に旗揚げ。当初はアマチュアとして活動していたが、みちのくプロレスでの研修、そしてグラン浜田の指導を受け、2002年からプロとしてスタートを切る。

 以来、地元に根差した活動を行い、イオングループ系のファッションビル「フォーラス」屋上でのプロレスおよびイベントの開催、さらに西日本初のビアガーデンプロレス「ビア★プロ」も毎回満員札止めの成功を収め、大分にプロレスを普及するため奮闘してきた。

この日は豪華メンバーでの大会となった 【写真:チナスキー】

 アッチィー自身も「大分にプロレスという大衆娯楽の文化が根付いたことが誇り」と胸を張るが、昨年スタッフと話し合いを持ち、それぞれが新たなステージへ進むために解散を決定。自らも苦楽を共にしたスタッフとともにレスラー人生の幕引きを決意した。

「子どもの頃、祖母の影響でプロレスが好きになり、高校時代に新生UWFの入門テストを受けましたが不合格でした。その後、夢を諦め切れずアマチュア団体を旗揚げし、結果プロレスラーとなり15年、過去あこがれていた選手全員と戦うことができ、幸せだったと思います」

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著者プロフィール

1977年、東京都出身。「ゴング格闘技」編集部を経て2005年よりフリーのライターに。格闘技を中心に取材を行い、同年よりスポーツナビにも執筆を開始。そのほか映画関連やコラムの執筆、ドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(2017)『沖縄工芸パラダイス』(2019)の監督も。

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