「夢スタ」のオープンと山田卓也の復帰 FC今治の今後を占う2つのトピックス

宇都宮徹壱

新事務所で感じた「岡田武史以前」へのリスペクト

新しいオフィスについて語るFC今治の岡田武史オーナー。移転の理由は「生産性の改善」とのこと 【宇都宮徹壱】

 そこは、地方都市でたまに見かける、立派な日本家屋であった。玄関には「株式会社 今治・夢スポーツ」と書かれた立派な看板が掲げてある。今年の4月、FC今治は事務所を移転。かつてのコンピュータ専門学校の跡地から、「家業でタオルの染色をしていた」という古民家に引っ越し、職場の雰囲気はかなり変わった。岡田武史オーナーは、事務所移転の理由について、このように説明する。

「前の事務所が手狭だったのと、仕事の生産性を改善したいという思いもあって、引っ越そうと思っていたんです。そうしたら、ある老夫婦から『われわれもトシなので街中に引っ越します。岡田さんがここを使ってくれるのでしたら、固定資産税分だけ払っていただければいいですよ』と。でも、僕1人で住むにはあまりにも広すぎる。そうしたら、ふと『事務所にしたらどうだろう』というアイデアが浮かんでね。それで(建築家の)伊東豊雄さんに若い建築士を派遣してもらって、500万円くらいで改修してもらいました」

 玄関の引き戸をガラガラと開けると、額縁に入ったユニホームが客人を迎えてくれる。そのうちのひとつ、黄色地にブルーのラインが入ったユニホームに思わず見入ってしまった。胸に漢字の縦文字で「今越」というネームが入っている。間違いない、FC今治の前身である今越FCのユニフォームだ。ちなみに「いまこし」ではなく「いまお」と読む。こんなことを知っている人は、今の今治のサポーターのなかで、どれだけいるだろう。

 FC今治が2014年、元日本代表監督の岡田氏をオーナーに迎えたことで、クラブを巡る状況が激変したことは紛れもない事実だ。しかしそのルーツをたどれば、1976年に設立された大西SCが起点であり、そこから今越FC、愛媛FCしまなみとクラブ名を変更し、FC今治となったのは岡田体制の2年前に当たる12年のこと。どうもFC今治の歴史は、岡田オーナー体制となった14年を起点として語られることが多いが(もちろん無理もない話であるが)、実はクラブの歴史はその38年前から始まっていたのである。

 事務所を移転したことで、クラブスタッフの生産性がどれだけ向上したのか。移転から4カ月しか経っていない今、判断するのは難しいだろう。それでも新事務所を初めて訪れてみて、日本家屋の落ち着いたたたずまい、そして「岡田武史以前」の歴史をきちんとリスペクトする姿勢に、私はひそやかな感銘を覚えた次第である。

サッカーファン以外を呼び込むための「フットボールパーク構想」

夢スタこけら落としのテーマは「集客」。「フットボールパーク構想」実現に向けての努力が続く 【宇都宮徹壱】

 さて、目下クラブが一番のミッションと認識しているのが、9月10日の「夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)」のこけら落とし。スタジアムが無事に完成した今、5000人収容のスタジアムをいかに満たしていくかが、これからの重要な課題となる。岡田オーナーに、今は何が大変かと尋ねてみると「とにかく集客」という答えが返ってきた。

「チケットの売り上げでなく、集客。単に売り上げなら、会社さんに買ってもらうことはできるけれど、きちっとスタンドを埋めることが大事。それはJ3に上がるためでもあるし、それ以上にスポーツビジネスの原点として、スタジアムを満員にしないとね。大都会なら1%の人口を集めれば、それでOKかもしれない。でも地方でそれは無理ですよ」

 四国リーグ時代に利用していた、桜井海浜ふれあい広場サッカー場には、多い時で2000人以上の観客を集めていた。しかし岡田オーナーいわく「その中でサッカーが目当ての人が何人いるか。おそらく半分以下でしょうね」。では、大多数の「サッカーが目当てでない人」にもスタジアムに来てもらうためには何が必要なのか。ここで岡田オーナーが提唱しているのが「フットボールパーク構想」である。

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「いろいろな人を喜ばせたり、感動を与えたり、笑顔を広めたりするためには、きちっとしたビジネスを考えないといけない。それは良いサッカーをするだけでは無理。夢スタに来れば何かワクワクするものがそこにある。そのためにはサッカー以外でも、お客さんを満足させるものを用意しなければならない。われわれはそれを『フットボールパーク構想』と言っているんです」

 では、具体的にどんな構想なのだろうか。夢スタのコンセプトは「海賊船」。もともとクラブには、「村上水軍の末裔(まつえい)が大海原(=世界)に打って出る」というコンセプトがあった。そこからイメージを発展させて、スタッフが着る海賊のコスチュームや海賊ダンスの振り付けを、オフィシャルパートナーであるLDHに発注したそうだ。他にもさまざまなアイデアがあると、岡田オーナーは楽しそうに語る。

「キックオフ前にはEXILEのUSAさんが登場し、ハーフタイムにはお笑いタレントの友近さんが登場してくれます。試合終了後のイオンモールのステージでは僕もトークショーに出演します。それ以外にも、子供たちのための小さなプールも作るし、フードコートもある。キックオフの演出も、いろいろ考えていますよ。狼煙(のろし)の中からドローンが現れて、キックオフのボールを運んでくるとかね(笑)。そうしたらウチのスタッフが『岡田さん、調べたら狼煙は高いです』って言うから、『ばか、お前らが発煙筒を炊けばいいんだ』って(笑)」

 果たして夢スタのキックオフ直前に、本当に発煙筒が炊かれるのだろうか。それは当日のお楽しみとしておくことにしよう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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