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日本代表が踏み出した東京五輪への一歩
男子バスケ界が挑む、長く険しい道のり

東アジア選手権は3位に終わる

Bリーグ開幕後、初の公式戦となった東アジア選手権。日本は3位決定戦で中国に勝利し、3位で大会を終えた
Bリーグ開幕後、初の公式戦となった東アジア選手権。日本は3位決定戦で中国に勝利し、3位で大会を終えた【写真は共同】

「AKATSUKI FIVE(アカツキファイブ)」の東京五輪に向けた道のりが、長野から始まった。7日に終了した男子バスケットボールの東アジア選手権は、昨年9月にBリーグが開幕してから初の公式戦。8月にレバノンで開催されるアジアカップの予選を兼ねる大会だった。日本は準決勝でチャイニーズ・タイペイに敗れたが、3位決定戦で中国に勝利し、3位で大会を終えた。


 アジアカップ、ワールドカップ(W杯)の予選、本大会、東京五輪は別個の大会ながら、前者が後者の予選を兼ねる。1本のレールとして、2020年までつながっているのだ。


 バスケットボールは他のチームスポーツと違って五輪の「開催国枠」が保証されていない。日本は国際バスケットボール連盟(FIBA)の推薦を得るために、実力の証明が求められている。女子は昨年のリオデジャネイロ五輪で8強入りした世界的な強豪で、こちらの出場を危ぶむ声はない。しかし男子は出場の可否が完全に未知数で、19年に開催されるW杯への出場が1つ目のノルマになる。

他国に比べて本気度は高いメンバーで臨んだ日本

パビチェビッチ氏が日本の技術アドバイザーに就任し、暫定HCとして東アジア選手権までの指揮を任された
パビチェビッチ氏が日本の技術アドバイザーに就任し、暫定HCとして東アジア選手権までの指揮を任された【写真:築田純/アフロスポーツ】

日本バスケットボール協会(JBA)はBリーグ発足と軌を一にして、代表活動のテコ入れも行った。16年6月に東野智哉氏が技術委員会のトップとなり、代表のGM的な役割を果たしている。現場も14年から代表の指揮を執っていた長谷川健志ヘッドコーチ(HC)が16年11月末に退任。セルビア人で国際的なキャリアを持つルカ・パビチェビッチ氏が日本の技術アドバイザーに就任し、暫定HCとして東アジア選手権までの指揮を任されてきた。


 アジアカップの予選としてみれば、東アジア選手権は6チーム中5位以上が通過するという広き門。マカオや香港は明らかな格下で、“絶対に負けられない戦い”という緊張感はなかった。今後への布石を打つテストの場という側面もあり、韓国は平均24歳、中国は平均19歳という若いチームを送り込んでいた。


 開催国の日本もU−19の世界大会に参加する八村塁、米国留学中の渡邊雄太が不在だった。ただ平均年齢は28歳と高く、他国に比べて本気度は高いメンバー編成だった。3日のグループリーグ初戦は韓国(世界ランク30位)に78−72で勝利する幸先のいいスタート。4日もマカオに大勝(119−47)し、グループAを1位で勝ち上がることに成功した(世界ランクは16年8月21日付で最新のもの)。

スコア以上の完敗だったチャイニーズ・タイペイ戦

準決勝でチャイニーズ・タイペイに73−78で苦杯を喫した日本。負けてはいけない相手だった
準決勝でチャイニーズ・タイペイに73−78で苦杯を喫した日本。負けてはいけない相手だった【写真は共同】

 しかしアカツキファイブは6日の準決勝でチャイニーズ・タイペイに73−78で苦杯を喫した。チャイニーズ・タイペイの世界ランキングは日本と同じ48位。ただ3日のグループリーグ初戦は中国に63−96と大敗しているチームで、負けてはいけない相手だった。


 立ち上がりの日本は、米国出身のチャイニーズ・タイペイ代表クインシー・デービスに圧倒され、第1クオーターだけで14得点、8リバウンドという大活躍を許す。日本はその後の修正力を欠き、エースの富樫勇樹が第3クオーターの途中に足首の軽い負傷で退く不運もあった。最大21点差まで広げられるなど、スコア以上の完敗だった。


 またリバウンドも「31−46」と完敗。特に得点へ直結するオフェンスリバウンドで「11−21」という大差をつけられた。太田敦也(206センチ、112キロ)、竹内公輔(206センチ、100キロ)、竹内譲次(207センチ、98キロ)らベテランのインサイドプレイヤーが、相手を押し出すボックスアウトの動きなどで奮闘していた。しかしパビチェビッチHCが「リバウンドで完結させるというところを怠っていた」と振り返るように、跳んで取るという詰めを欠いていた。


 比江島慎が「自滅で負けてしまった」と悔いるように、安易なボールロストから相手に得点をプレゼントする場面も多過ぎた。オフェンスリバウンドからのセカンドショット、ディフェンスリバウンドやスティールからの速攻は相手を勢いづかせる、典型的な“悪い取られ方”だ。

大島和人
大島和人
1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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