加藤恒平「僕のような選択肢もある」 ハリルの秘密兵器が語るキャリア<前編>

中田徹

アルゼンチンはイメージと全く違った

アルゼンチン留学時代の壮絶な思い出を語ってくれた 【中田徹】

――アルゼンチンでは4部リーグのチーム、サカチスパスの監督が気に入ってくれて、契約が決まったはずだったのが、会長から「日本人をとるなんて聞いていない」と言われて契約できなかったのですよね?

 そうです。全くイメージしているのとは違っていました。最初は給料、食事、住居を全部込みという契約だったので、アルゼンチンに行ったのですが、全部もらえなかったです。それでも僕は、練習場には毎日一番に行って最後まで残ってやっていたので、練習場の管理人が「お前、自分で鍵を管理していいよ」と鍵を渡してくれるほど信頼してくれました。

 こうした僕の姿勢は、チームのみんなも認めてくれていたと思います。監督も僕を気に入って欲しがってくれていたので、お金も渡すように会長に言ってくれた。最初は会長も「日本人だからお金を払わない」とずっと拒否していました。それから監督が(成績不振で)クビになってしまったのですが、キャプテンが何度もお金を出すようにと言ってくれて、月に5000円か6000円ぐらいもらえるようになりました。

――意外とアルゼンチンは物価が高いですよね。

 そうなんです。だからいつも100円ぐらいでチョリパンを食べていました。契約していないので試合に出られず、とても辛い時期でした。だけど、試合の遠征には一緒に行ってたので「勝負の世界はこういうことなんだな」というのが分かりました。負けた後の帰りのバスの中はお通夜。でも勝った後のロッカールームは最高でした。鳥肌が立ちました。

 サカチスパスはブエノスアイレスの貧民街にある小さなクラブでしたが、あのロッカールームの雰囲気に勝てるチームは、自分が経験してきた中で他にないです。彼らには、勝たないと家族に飯を食わせられないとか、背負っているものが本当に違っていましたので。練習場の近くにスラムがあったんです。街中で靴下を丸めて裸足で蹴っているとか、それまでテレビや本でしか見たことのなかった世界が目の前に広がっていました。自分は幸せだなと思いました。

 サカチスパスが負け続けて、サポーターのボス的な人が2人、猟銃を持ってロッカールームの中に入ってきて、選手がみんな座らされた。「俺らはお金がないけれど、それでもアウェーまで応援に行っている。それなのに、お前らは試合に負けてどういうことだ」と説教されて、「俺らは移動しているから、そのバス代を全部出せ」といったことを言われて、僕たち全員、お金を取られました。

――加藤選手もお金を出したんですか?

 はい。出しました。「これがアルゼンチンなんだ」とビックリしました。僕は全くアルゼンチンでプレーできなかったので、しんどかった。毎日、自分との戦いでした。

 家族が心配してくれましたが、余計な心配をかけたくなかったので「全く大丈夫。楽しくやっているよ。みんな、良いやつで仲良くしてくれているから、今は試合に出られないけれど、練習からすごい楽しいし、良い経験ができている」とずっと言っていました。いろいろつらいこともありましたが、アルゼンチンにいたからこそ、人の優しさというか、アルゼンチン人の優しさが身にしみました。風邪で寝込んだ時も「俺がお前のお父さんだと思え」みたいに言ってくれました。

 アルゼンチンは戻ってみたいけれど、怖さがあって戻りたくない。その気持ちが半分ずつです。スペイン語をもっと勉強して上達したら、引退後にでも当時のチームメートに「あの時は親切にしてくれてありがとう。その後、僕は成長してヨーロッパでもプレーできるようになりました」というのは伝えにいきたいですね。

生きていくためには何でもできないといけない

――加藤選手が所属しているベロエは、3月12日(現地時間)の試合で2位のレフスキ・ソフィアを1−0で破りましたね。

 あとから知ったのですが、ベロエ100年のクラブ史でホームでレフスキに勝ったのは5回目だったらしく、すごく気持ちがよかったです。やっぱり強いチームとやるのは楽しいですね。

――確かレフスキ戦だったと思うのですが、試合のダイジェストを見ていたら、チームが攻めている時も守備の時も、ペナルティーエリアの中やすぐ外で加藤選手がよく映ってました。

 そこ(の動き)は自分でも意識しているところです。僕のストロングポイントというと守備に目がいくと思うのですが、今の時代を生きていくためには何でもできないといけない。1試合に2回か3回、相手のペナルティーエリアの中に入っていけるような選手になりたいです。

――回数でいうと2回か3回なのですね。

 はい。ポジションを崩したがらない監督なので、前に行くとすごく怒られるんです。それでも、タイミングを見て「いける!」と思ったら行きます。失敗するから怒られるんですけれど、失敗しなければ何も言われない。結局は結果です。今のように守備だけ頑張っても上にいった時にしんどくなるので、もっと先のことをイメージしてやっています。

――ベロエはレギュラーシーズン8位という結果で、上位6チームのプレーオフに進出できませんでした。

 ベロエは本来ならトップ3を狙えるチームなんですよ。下位8チームのプレーオフで優勝すれば、ヨーロッパリーグ出場権を懸けたテストマッチに出場できるので、気持ちを切り替えて頑張ります。

<後編に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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