加藤恒平「僕にはサッカーしかない」 ハリルの秘密兵器が語るキャリア<後編>

中田徹

質の高い睡眠を1日10時間とり、毎日、2部練習を己に課すなど、加藤の日々は非常にストイックだ 【中田徹】

 アルゼンチン4部リーグのサカチスパスと契約を交わせず、ブエノスアイレスで悶々(もんもん)とした日々を送った加藤恒平は2012年、日本に戻り、FC町田ゼルビア(J2)のテストを受けて、アマチュア契約で加入(シーズン中にC契約に)。13年夏に移籍したFKルダル・プリェブリャではモンテネグロリーグ優勝を果たし、TSポドベスキジェ・ビェルスコ=ビャワ(ポーランド)、PFCベロエ・スタラ・ザゴラ(ブルガリア)と欧州内でキャリアを重ねていき、日本代表候補のリストに載るまでになった。

 加藤の日々は非常にストイックだ。質の高い睡眠を1日10時間とり、チームが1部練習の日でも、個人練習を追加することで毎日、2部練習を己に課している。ベロエでは試合後のチームの食事はピザだが、加藤は1人、鶏肉やサラダを食べる。「お前、真面目すぎるんじゃないか」と指摘されることもある。「でも、自分は妥協したくないんです」と加藤は言う。

 2人で食事をしながら話し込んでいると、ファンが「ベストプレーヤー」と声を掛けに来て、加藤は「メルシー(ありがとう)」と応えた。今度はウエートレスがやって来て「あちらのグループの方たちが『今日はごちそうしたい』と言っています。何か他にご注文はありませんか?」と伝えに来た。帰り際に、今度は店の人たちが加藤との記念写真をせがんだ。スタラ・ザゴラの人たちが加藤を愛しているのを垣間見たひとときだった。この町で、加藤の努力は報われている。だが、彼が目指すのは、さらなる高みである。

ブルガリアの環境はひどいところは本当にひどい

ユーロ2012が行われたポーランドはスタジアムだけであればトップクラスだという(写真はPGEアリーナ・グダニスク) 【写真:ロイター/アフロ】

――モンテネグロ、ポーランド、ブルガリアのサッカー環境を比べてみると?

 ポーランドはユーロ(欧州選手権)があったので、スタジアムだけであれば本当にトップクラス。ブルガリアはひどいところは本当にひどい。芝の状態もそうですし、ロッカールームの汚さもそうですし。

――ロッカールームの汚さとは?

 外見は新しいサッカー専用のスタジアムでしたが、(アウェーチームの)ロッカールームだけボロかった。多分、昔のロッカールームをそのまま置いたのだと思います。僕が最後にシャワーを浴びていると、水が溜まってプールみたいになってしまって、チームメートがそこにションベンをしてくる。「俺がまだシャワーを浴びているのにふざけんなよ」と思いましたが、水が溜まって小便器まで行けないんだから仕方がない(苦笑)。もしかしたらホームのロッカールームは奇麗だったのかもしれませんが。

 サッカーのレベルは、どこもそれほど変わりません。一番激しいのはモンテネグロ。ポーランドが一番(当たりなどが)緩く、スタジアムの環境が一番いい。テクニックが一番あるのはブルガリア人。モンテネグロは試合がダレます。70分経って2点差、3点差がつくと一気に緩くなります。

――諦めるということですか?

 そんな感じです。一気に緩くなる。ポーランドは90分通して頑張る感じです。意外ですが、一番ファウルの基準が低いのはポーランドでした。すぐにファウルを取られてしまいます。僕は困っちゃいます(苦笑)。

――アルゼンチンは?

 アルゼンチンほどサッカーに熱い国はないと思います。言ってしまえば、本当にサッカーしかない。おじちゃん、おばちゃん、子供もサッカーにかけている感じがすごい。

――ここではそれを感じないですか。

 感じないですね。本当にアルゼンチンがすごすぎたので。ここで成功して(海外に)出ていきたいとか、家族を養うために試合に勝ちたいとか、その熱をアルゼンチンで感じたので、どこもサッカーの熱に対しては全然足りないんですよ。 

――サッカー至上主義?

 そんな気がしますね。アルゼンチン代表が負けると 10歳の子がメチャクチャ悔しがって「なんでアルゼンチン、負けたの!? 信じられない」と床をたたいてずっと泣いていたんです。僕は「これがアルゼンチンか」と思いました。

アルゼンチンでは1試合にかける思いがハンパない

――アルゼンチンはつらかったことも多かったけれど、得たことも多かったんですね。

 順調にいったところよりも、しんどい思いをしたところの方が、自分の中で思い入れが強い。今があるのは、それがあったから。どんなことがあっても、アルゼンチンに比べたら全然平気と思えます。

――アルゼンチンのサッカーの熱は中毒になるのでは?

 中毒になりますね。やっぱりロッカールームが最高です。試合前の円陣で「今日、俺たちはホームで戦う。相手は勝ち点3を取りにきたけれど、ここは俺たちの家なんだ。絶対に何も持って帰らせないぞ。相手をどんな目に遭わせても食ってかかって、絶対に俺たちが勝つ。引き分けなんていらない」と机をたたきながらキャプテンが言うんですよ。それで、みんなが「ウォォォォォーっ」ってなる。勝った後はみんなで歌ってコーラでシャンパンシャワーをする。これ以上のロッカールームの雰囲気を味わったことがないです。

――モンテネグロで優勝した時はすごかったのでは?

 すごかったんですけれど、アルゼンチン以上ではなかったです。

――アルゼンチンでの毎週、毎週の方がすごいんですね。

 はい。モンテネグロでもお金をもらえて生活ができます。でもアルゼンチンだと勝たないとお金をもらえない。本当に家族を養うためにという思いがアルゼンチンは強く、1試合にかける思いがハンパなかった。「毎試合がファイナル」というのは、こういうことなんだなと感じました。

――ちなみにアルゼンチンでは、ホームでどのぐらい入ったんですか?

 そんなに入りません。200人、300人です。

――でも「ここは俺たちのホームだ。相手に何も持って帰らせない」というパッションが生まれるわけですね。

 チームに家族意識があるので。だから、「味方がやられたら黙ってんじゃねえ。味方がやられたら、俺たち全員でやり返す――」みたいな感じです。練習ではあんなにチンタラやっているのに、試合でそんなにスイッチが入るのがすごかった。そこは多分、日本人にはまねできないと思います。日本人は、やはり練習からやっておかないと試合でスイッチが入らない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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