鈴木大輔、スペイン2部で身に付けた逞しさ サッカーができる幸せと、あくなき向上心

中田徹

「鈴木大輔の調子が良い」と耳にして

ヒムナスティック・タラゴナに加入して1年余り、スペインの地で揉まれている鈴木大輔に話を聞いた 【中田徹】

「チームはスペイン2部リーグの最下位だけれど、鈴木大輔の調子は良い」といううわさをある日、耳にした。ロンドン五輪では吉田麻也とセンターバック(CB)コンビを組んで、日本代表のベスト4に貢献した鈴木は2016年2月16日、ヒムナスティック・タラゴナと契約。3月20日のビルバオ戦でデビューを果たすと、その後、ずっとレギュラーの座を守り続けていた。

 吉田は今季、サウサンプトンでレギュラーの座を奪い返し、リーグカップ準優勝に貢献。酒井高徳はハンブルガーSVの主将、酒井宏樹はマルセイユでしっかり自分の居場所を確保し、本来MFの長谷部誠はリベロとして新境地を拓いた。今季、日本のDF陣はヨーロッパサッカーシーンでの活躍が目覚ましい。しかしながら、鈴木の活躍を伝える情報は近ごろ、ほとんど接する機会がなかった。そこで、私はイベリア半島を目指すことにした。

 スペイン、カタルーニャ州の古都タラゴナは、バルセロナから電車で1時間あまりの場所にある。町を散歩すると至る所にローマ遺跡が現れる。市場やスーパーには豊かな恵みが並べられ、私も大いに自炊を楽しめた。バールで食べるフルコースのランチは安くておいしく、昼間から幸せに酔うことができた。

 2月だというのに、ヒムナスティック・タラゴナの午前練習を見学しているだけで、太陽の光を直接浴びた首がヒリヒリし、体力が消耗していくのを感じた。練習が終わり、選手たちがクラブハウスへ引き上げていくと、私は歩いて10分ほどのところにある浜辺へ向かい、地中海の風に当たりながら体を冷ました。庶民の生活と世界遺産が共存し、地中海のパノラマが広がり、週末にはフットボールの試合がある町、それがタラゴナだった。

 私は再びスタジアムへ戻り、駐車場で鈴木大輔と落ち合った。彼はチームの広報に「これからインタビューを受けるんだけれど、スタジアムの中を使ってもいいかな?」と尋ね、それから「どうぞ、どうぞ」と私を観客席に招き入れてくれた。その一連のコミュニケーションと余裕ある振る舞いに、スペインで1年間揉まれてきた男の逞しさを感じた。(取材日:2月21日)

タラゴナは温かくていい町

「ここでは、自分の意見を伝えないと何も始まらない」と鈴木 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】

――この町、良いですね。練習が終わった後、時間があったので、海に行ってきました。

 海、いいですよね! ゆっくりと時間が過ぎる感じ。自分もこっちに来た時、すぐに町を気に入りましたからね。ここでサッカーができるのは、すごく幸せなことだと思っています。

――サッカーの環境面はどうでしょうか? 練習場はフルピッチの3分の1ほどの大きさでした。

 だから紅白戦はスタジアムを使っちゃう。環境はJ1の方が飛び抜けていいですよね。スタジアムのロッカーやトレーニングジム、全部比べてみても、J1の環境の足元にも及ばない。そう思います。

――本田圭佑選手がいたVVVの練習場は捻挫するかと思うぐらい凸凹で、水も選手が用意していましたが、それでもフェンローはサッカーの町でした。その後、彼が移ったモスクワはサッカーの町ではなく、芸術の町でした。

 それなら、タラゴナは、フェンローに近いんじゃないですかね。この町にはサッカーがある。“ナスティック”(ヒムナスティック・タラゴナの愛称)は地域密着型のクラブですから、町の人がみんなで応援してくれます。町でも「頑張れ!」と声をかけてくれる人がいっぱいいて、みんなが温かくていい町ですよ。

――J1より環境が悪くても、ここでサッカーできる幸せをかみしめていますか?

 それは、ありますね。本当に毎日、毎日、自分が進化できるといいますか。言葉はそこまで話せないけれど、それでも自分が思っていることを伝えないといけない状況が出てきますから、そこを考えても毎日進化できる。また、強度の高い練習が毎日できています。日本とはまた違ったタイプの選手たちと練習できるというのも、素晴らしいことだと思っています。

 そして、町の感じが温かい。天気も最高です。こうしたタラゴナの環境の中で、自分がお金をもらってサッカーができるのは、すごく幸せなことだと思います。一個人として、人生を学べることが全てここにありますから、とても満足しています。

――どのようなことを学びましたか?

 自分の意見を持つこと、自分の意見を伝えること。ここでは、自分の意見を伝えないと何も始まらない。ということは、自分の意見を持っていないといけないわけです。そのためには、仲間とコミュニケーションをとらなければいけません。言葉がしゃべれない中、どうやって意見を伝えるのかとか、その言葉をどうやってもっと勉強していくのかとか。また、違う言語を話してみたかったという思いは、日本にいたころから持っていました。

――「違う言語を話したかった」というのはどういうことですか?

 違う言語を話したいというか、違う人種の人とちゃんと話をしてみたかったんです。たとえば「日本人とスペイン人の違いはなんだろう」と。ざっくりいえば、日本人は“和”を大事にして空気を読むタイプ。こっちの人は思ったことをそのまま言うとか、自分が思ったことをそのままやるとか、本能で生きていくタイプ。だから、“今”にフォーカスしています。日本人はもうちょっと“先”にフォーカスしています。

 ここでは集団の中で、すごいぶつかり合いも起こるけれど、その後、何事もなかったかのように仲良くできるんです。それは、みんながこの一瞬を全力で生きているからだということに気付きました。そういうことに気付けただけでも、日本にいたころより、ちょっとグローバルな個人になっているかなと思います。それに気付いたのは(スペインに来て)4カ月、5カ月してからですかね。最初は26年間生きてきた感じと違うので、違和感とかストレスがすごかったです。

「ここからステップアップしたい」

鈴木は昨季途中からレギュラーとして試合に出続けている 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

――ちょうどスペインに来て1年経ちました。2シーズン、試合に出続けています。

 今のところ、試合に絡むということでは順調なのかなと思います。でも、目指しているところはもっと上だと思っていますし、ここからやっぱりステップアップしたいので、試合には出続けないといけないと思っています。

――2部リーグということで多少、忸怩(じくじ)たる思いを今は抱えているんですか?

 抱いている思いはあります。いろいろな人のサポートがあって、スペインに来ることができました。日本のクラブの人も後押ししてくれました。練習生からこうやってナスティックという2部リーグのチームに入って、厳しい経験をしながら、いい経験もさせてもらいました。そこから、自分がスペイン1部のチームに上がれれば、このストーリーは面白い――。そう思っています。

――Jリーグでの経験が豊富で、AFCチャンピオンズリーグでも活躍して、五輪では中心選手で日本代表経験もある。そのような選手が、よくテスト生として2部に飛び込みましたね。

 2部リーグに練習生として来るのは、もっと経験のない選手が多いですよね。自分の場合は、「このタイミングで海外だな」と思っていました。サッカー選手としても、一個人としても、厳しい環境に身を置いて成長したいと考えました。(アルビレックス)新潟でプロになり、試合に出られるようになって、チャンスをもらって柏(レイソル)に行った。次に、どこに行くかと言ったら、もう海外しかないと思いました。

――鈴木選手は1年前の誕生日(1月29日)に26歳になりました。海外にチャンレンジするタイミングだとは思うんですけれど、結婚したのはその直前の12月。お子さんが生まれたのが昨年6月ですから、柏でプレーしていた時に全て分かっていたわけですよね? 「猪突(ちょとつ)猛進だな」と感じました。

 あり得ないですよ(笑)。一般的に考えたら、何やっているんだという話ですけれど。まあ、そこはね、嫁さんがサポートしてくれましたので。

――「スペインに行ってきなさい」と。

 そうです。サポートがなかったら、もちろん無理でした。自分勝手な行動でしたけれど、そこは本当にいろいろな人がサポートしてくれました。そのおかげで、ここに立てたかなと思います。

――25歳から26歳にかけて一瞬、無職になったわけですものね。

 2月まで無職でした。日本なら、2月半ばまでチームが見つからなかったら、本当に行く場所がないでしょう!? という感覚ですよね。

――それはヨーロッパも同じです。

 こっちはなおさら1月31日で市場が閉まっていますから……。この時期、練習生に来るやつなんていないですよね(笑)。一回、日本で(柏との)契約を打ち切って、フリーになって練習環境もなくなり、都内で体を動かしてボールを蹴れるところを探して、友だちのフットサルに混ぜてもらったりしていました。プロサッカー選手らしくないことをしていたので、ここに来た時は楽しいことしかなかったです。「練習めっちゃ楽しいわ!」「ゲーム形式の練習は久しぶりだわ、楽しいわあ!」って、全部が楽しく思えました。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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