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“柔道日本一”王子谷剛志を強くする原動力
五輪への思い、仲間の存在

全日本2連覇、初の世界選手権代表に

 “日本一”を決める柔道の全日本選手権が4月29日、東京・日本武道館で開催され、前回王者の王子谷剛志(旭化成)が2年連続3度目の優勝を果たし、8月の世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)代表に初選出された。


「今日は必死に戦い過ぎて優勝が決まってからは、ほっとしたというか……落ち着きました。ただ、今日の勝ちで次の目標が見えてきたので、頑張っていきたいです」


 王子谷はこれで、昨年11月の講道館杯全日本体重別選手権から、12月のグランドスラム(GS)東京、今年2月のGSパリ、4月の全日本選抜体重別選手権と出場した5大会で優勝。とにかく貪欲に勝利にこだわり、結果を出した。

逃したリオ五輪代表、重ねた努力

柔道全日本選手権  優勝を果たした王子谷剛志(左)をねぎらう大野将平=日本武道館
柔道全日本選手権  優勝を果たした王子谷剛志(左)をねぎらう大野将平=日本武道館【共同】

「昨年は地獄でした。絶対見返してやると思っていた。リオ五輪の代表を逃した悔しさが今も原動力になっています」


 昨年の同大会は、8月のリオ五輪最終選考会を兼ねていたものの、大会前には代表候補は七戸龍(九州電力)と原沢久喜(日本中央競馬会)に絞られていた。国際大会での実績が響いていた。「ここで負けたら、もう東京五輪も代表争いに入るのは難しくなる」と背水の陣の心持ちで挑み優勝。目前のリオ五輪代表はならなかったが、意地を見せた。


 リオ五輪後の講道館杯でも優勝を飾ったが、「引く力が弱い」と弱点を冷静に分析。専門家を頼り、60キロが限界だったダンベルを90キロまで引けるようになったり、3回しか上がらなかった懸垂も10回近くできるようになったりするなど、筋力強化に取り組んだ。さらに試合中、苦手な相手が来た時の『対応力』を身につけるために、これまでほとんどを決まった相手と行っていた実戦形式の乱取り稽古で、苦手としている左組みの選手や、これまでやってこなかった相手と積極的に組んできた。

井上康生監督「どの選手と当たっても対応できる」

柔道の全日本選手権を終え、強化委員会に臨む男子日本代表の井上康生監督(左端)ら=東京・日本武道館(代表撮影)
柔道の全日本選手権を終え、強化委員会に臨む男子日本代表の井上康生監督(左端)ら=東京・日本武道館(代表撮影)【共同】

 そして今大会では、強化してきた『対応力』が発揮された。2、3回戦は身長186センチの王子谷よりも約10センチ小さな選手との対戦。相手が腰を落とし王子谷にとっては投げにくい対策をとられたが「焦らずじっくりできた」と試合の流れを掌握し、「指導3」で勝利した。続く尾崎央達(センコー)との4回戦は担ぎ技にしつこく入ってくるところにうまく内股を合わせ、低く回して「一本」。準決勝、王子谷より約7センチほど身長が高い七戸との対戦は、右相四つで組み手争いが続くなか、一瞬の隙をついて支え釣り込み足を放つと、逃れようとする七戸の腕をうまく極めながら、縦四方固めで「一本」を奪った。ウルフ・アロン(東海大)との決勝戦は、王子谷が組み手でじわじわと圧力。ゴールデンスコアに突入後、王子谷が小外刈り、内股と重ね、延長2分20秒経過後にウルフに「指導2」が入り試合終了。王子谷が優勝を決めた。


 大会後、日本男子代表の井上康生監督は「今日の試合は確実に勝利しているように見えた。どの選手と当たっても対応できる力を感じました」と評価。さらに金野潤強化委員長も「自分自身を理解していて、戦略も良かった」と話した。


 1年前の悔しさは“力”へと変わっていた。

本川由依
1993年2月6日生まれ。広島県世羅郡出身、神奈川県在住。スポーツは柔道、バレーボールを中心に取材。スポーツマガジン「StandardNEXT」などに寄稿するほか、グルメ、ファションなどでも活動している。