“チャイナ”ミラン誕生も、将来は不透明 「リスクの大きな買収劇」の裏側に迫る

片野道郎

買収成立までの経緯は「綱渡り」

ミランの買収成立までの経緯は文字通り「綱渡り」だった 【Getty Images】

 事実、買収成立までの経緯は、文字通りの「綱渡り」だった。

 フィニンベストと買収契約を交わし、1億ユーロの手付金を支払った昨年8月の段階では、残る4億2000万ユーロ(約489億円)を支払う最終的な買収手続きの期日は、12月2日とされていた。この段階でリー会長がフィニンベストに提出した投資家リストには、中国政府と直接または間接的につながりを持つ大手銀行や企業が名を連ねていたという。

 しかしタイミングの悪いことに、中国政府は昨夏以降、国内経済の成長鈍化を受けて、加速してきた資金の国外流出、そしてそれに伴う人民元の急落に歯止めをかけるため、国外での企業買収、とりわけスポーツなど基幹産業ではない分野のそれに対する規制を強めてきた。SESが中国国内で集めた出資金もそれに引っかかる形で資金移動の許可が下りず、12月のクロージングに間に合わないという状況になった。

 支払いができなくなったSESは、中国最大のバッドバンク(不良債券処理会社)である中国華融資産管理から1億ユーロの融資を引き出し、それを保証金として上積みした上で、クロージングを3月に延期。もし次の期限までに残額を用意できなければ、計2億ユーロ(約233億円)の保証金を失う上に、買収契約そのものが破棄されるという厳しい条件をのまざるを得なくなった。

 だが、その後も中国政府の国外投資規制は緩和されるどころか、さらに強まり、資金移動が許可される見通しはまったく立たないまま。それを受けてSESに出資するはずだった銀行や企業は次々と撤退し、3月のクロージング期限を前に、SESは事実上リー会長1人のファンドとなってしまう。これで資金調達のメドはまったく立たなくなってしまったかのように見えた。

“ハゲタカファンド”からの借り入れを行い買収を実現

 このままでは2億ユーロという巨額の保証金をベルルスコーニに「プレゼント」しただけに終わるという窮地に陥ったリー会長は解決を諦めなかった。さらに5000万ユーロ(約58億円)の保証金を上積みしてフィニンベストから1カ月の猶予をもらうと、ルクセンブルグにSESに代わるペーパーカンパニー、「ロッソネーリ・スポーツ・インベスティメント・ルクセンブルグ(RSIL)」を設立。中国華融資産管理からさらに1億4000万ユーロ(約163億円)、米国の大手ヘッジファンド、「エリオット・マネジメント」から3億ユーロ(約349億円)の融資を引き出し、4月13日のクロージング期限ぎりぎりに、フィニンベストの口座に残りの金額を振り込んだのだ。

 最終的にフィニンベストに支払った5億9000万ユーロ(買収に5億2000万ユーロ、今シーズンの運営資金の肩代わり分7000万ユーロ、約81億円)のうち、リー会長の自己資金は2億ユーロのみ。残る3億9000万ユーロ(約454億円)は、不良債権処理を専門とする中国と米国、2つの金融機関からの借り入れに頼るという、きわめてリスクの大きな買収劇だった。

 そのうち、中国華融資産管理からの借り入れ(1億4000万ユーロ)は、中国国内にあるリー会長の個人資産が担保になっている。問題はエリオットから借り入れた3億ユーロの方だ。こちらの担保は、RSILが保有するミランの全株式。18カ月以内におよそ10%の利息を含めた約3億6000万ユーロ(約412億円)を返済できない場合、ミランの経営権はエリオットの手にわたってしまうことになる。

 そのエリオットは、破たん国家などをターゲットとする不良債権専門のヘッジファンド。01年にデフォルト(債務不履行)したアルゼンチン国債を額面の3割程度という底値で買い集めた上で全額償還を要求。14年に再デフォルトに追い込んだ上、最終的に国債の額面の3.5倍もの金額をアルゼンチン政府からむしり取ったという「武勇伝」が象徴するように、世界でも指折りの“ハゲタカファンド(経営破たんに陥った企業に投資をすることで莫大な利益を狙うファンドの総称)”として悪名高い。

借入金を返済できなければ、クラブが没収対象に

18年の9月までに借入金を返済できなければ、ミランそのものの差し押さえ・没収が待っている 【写真:ロイター/アフロ】

 買収が成立し、来シーズンの補強予算に1億ユーロ以上を投じるという大きな花火を打ち上げたリー会長(とファッソーネ新GD)だが、その補強予算も実際にはすべてがバッドバンクとハゲタカファンドからの借入金で構成されている。これをわずか18カ月、すなわち18年の9月までに返済できなければ、待っているのはデフォルト、すなわちエリオットによるミランそのものの差し押さえ・没収である。

 では、リー会長とファッソーネGDは、この負債を期限までに返却できる見通しを持っているのだろうか。年間の売上高が2億ユーロ強(15年は約2億1400万ユーロ、約249億円)で、しかも8900万ユーロ(約104億円)の赤字を計上しているミランが、1シーズンで3億6000万ユーロのキャッシュを稼ぎ出すことは現実問題として不可能だ。だとすれば、より条件のいい金融機関からの借り換えか、そうでなければ何らかの手段による新たな資金調達、具体的には新たな出資者の参入や株式上場が必要になる。

 中国政府による国外投資への規制が続いている以上、少なくとも中国からの投資に過度の期待はできない。となれば頼みの綱は株式上場ということになる。具体的な候補としてマスコミは香港、ウォールストリート、ミラノなどを挙げている。

 いずれにしても、実質的なクラブ経営のトップとなるファッソーネGDには、3期連続で総額2億4000万ユーロ(約279億円)もの累積赤字を垂れ流してきたミランを、たった1年で黒字転換させる。平行してピッチ上でも来シーズンのリーグ戦で4位以内を確保して、CL出場権を手に入れるという、きわめて高いハードルをクリアすることが要求されるわけだ。

この買収劇は予兆にすぎない可能性も?

「ベルルスコーニ後」のミランの物語はまだ始まったばかりだ 【写真:アフロ】

 資金の大半をバッドバンクとハゲタカファンドに頼り、しかもミランそのものを担保に差し出してやっと成立した買収劇。しかも18年9月までに3億6000万ユーロという巨額の借入金返済を達成できなければ、ミランそのものが「借金のカタ」に取られるだけでなく、その返済の実現可能性も決して高いとは言えない。こうして冷静に状況を考察すると、新オーナーの下で再出発したミランの前に開けているのは、ばら色の未来どころか、ほとんど視界の利かない深い霧であるようにしか見えない。

 そんな中で数少ないポジティブな材料のひとつは、資金調達に行き詰まったリー会長にエリオットを紹介したのが、ほかでもないファッソーネGDだったという情報だ。今年53歳のファッソーネは、03年から09年までユベントスでマーケティングディレクターを務め、新スタジアム開発などにも関わった後、ナポリのGDを経て12年から15年まで3シーズンにわたって同じミラノのライバル、インテルでGDの職にあった。そのインテルでは、マッシモ・モラッティからエリック・トヒルへのオーナー交代も経験している。エリオットとの関係もインテル時代に築いたものと言われる。

 仮に、ミランが18年9月までに借入金を返済できなかったとしよう。もしそうなれば、エリオットは「たったの」3億ユーロで、つい18カ月前に7億4000万ユーロ(負債込み)と評価された、イタリアでも指折りの名門クラブを手に入れることになる。エリオットは、オーナーとしてクラブ経営に乗り出すこともできるし、他の投資家に売却して利益を上げることもできる。いずれにしても、経営の安定性と継続性は、ファッソーネがGDとしてクラブに留まることで担保することができるだろう。

 ファッソーネの下で経営体質を改善したミランに、例えば4億ユーロで買い手がつけば、18カ月で33%という悪くない利幅を稼ぎ出すことができるのだ。不当に高い値札に尻込みしたアラブや米国、アジアの投資家も、4億ユーロという適正価格(蘇寧グループのインテル買収と同水準)ならば食指を動かすかもしれない。

 やっと決着がついたように見えるミランの買収劇も、数年後に振り返ってみれば、さらなる激動の予兆にしかすぎなかったという可能性も十分にある。「ベルルスコーニ後」の新たな物語はまだ始まったばかりだ。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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