シンガポールの野球事情から見えるもの 東南アジアでの普及に本腰を――

阿佐智

シンガポール・アメリカン・スクールにある人工芝の野球場 【阿佐智】

 第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の熱気をそのまま持ち込んで開幕したプロ野球は例年にも増して盛り上がっている。お隣の韓国、台湾でも球春は訪れているが、今大会は、欧州、ラテンアメリカ勢の健闘が目立った一方、日本以外のアジア勢の不振が目立った。今回のWBCから見えるのは、野球の世界的広がりと、アジア野球の沈滞と言ってしまうのはいささか暴論かもしれないが、プロリーグのある3カ国(日本、韓国、台湾)以外の野球事情をのぞくと、その論もあながち飛躍したものでないことがわかる。

早々と撤退した野球アカデミー

 インドネシアの野球アカデミーを取材したことがある。1年と少し前のことだ。富裕層が急速に増えている東南アジアは野球にとってのブルーオーシャン(新規開拓市場)であり、「アメリカ生まれのクールなスポーツ」、「“アジアナンバーワンの富裕国”日本で人気のスポーツ」として、その富裕層を中心に競技者を増やしているとのことだった。首都ジャカルタには野球専用球場もつくられていたが、アカデミーの現実は、ほとんどの生徒が現地在住のアメリカ人、日本人の子弟というものだった。

 このインドネシアアカデミーは、アメリカ人が経営するシンガポールのアカデミーの支店として運営されていた。それではと、そのシンガポールの「本店」を訪ねることにしたのだが、調べてみると、この東南アジアへの野球普及の橋頭堡(きょうとうほ/新規開拓の足場とする拠点)は閉鎖されていた。2年程前までは、このアカデミーでチームを結成し、日本に遠征、独立リーグの四国アイランドリーグplusとの合同キャンプを行うスポーツツーリズムの計画も持ち上がっていたのだが、算盤勘定が合わないとなると、早々と撤退したようだ。

時々使われている野球場

アメリカらしくすべてのスポーツチームは「イーグルス」と名づけられている 【阿佐智】

 シンガポールは日本の淡路島ほどの面積の小さな島である。近年は地下鉄(MRT)網が完備されているので、空港から島内のほとんどのところに簡単にアクセスできる。かつては辺境とされていた島の北部、隣国・マレーシアとの国境エリアも住宅開発が進み、ここにもMRTが通じている。そんな住宅街の一角に立地するのがシンガポール・アメリカン・スクールだ。この学校には、国籍を問わず、さまざまな民族の子弟が通っている。

 スポーツも盛んに行われており、敷地内には陸上競技場、サッカー、ラグビー場など広大なスポーツ施設が並ぶ。各競技のチームは、アメリカ人の学校らしく、すべて「イーグルス」を名乗っている。そんな施設の中にあったのが、大小2面の人工芝球場だった。小さい方は、ラグビー場との兼用で、その大きさを考えるとソフトボール用のようだ。それに隣接する大きい方はまがりなりにも野球専用に見える。しかし、ベースの周辺を土にすることもなく、マウンドはゴム製というところに、この国の野球の置かれている位置が伝わってくる。
 
 カフェテリアでアメリカ人学生に話を聞いてみた。野球場は「時々」使われている程度だという。彼自身も遊び程度にそのグラウンドでプレーしたことがあるだけで、この学校の野球チームについては、よくは知らないようだった。

「なんかフィリピンやインドネシアのチームがやってきて試合をしているみたいだけど」という彼は、私が日本人だとわかると、「コンニチワ」と覚えたての日本語を披露してご満悦の表情を浮かべた。

主体はアメリカ人、日本人、韓国人

アメリカン・スクールの体育・活動ディレクター、キム・クリエンス氏 【阿佐智】

 この学校の体育・活動ディレクター、キム・クリエンス氏を訪ねた。学生の言葉どおり、この学校にチームはひとつ。メンバーのほとんどはアメリカ人で地元シンガポール人はいないという。

「われわれが行う試合は2種類。ひとつは地元クラブとのエキシビションゲーム、もうひとつが国際トーナメントだ。地元クラブはいくつかあってリーグを作っているよ。メンバーにはシンガポーリアンもいるけど、ほとんどはアメリカ人、日本人、韓国人だね。リーグ自体がアメリカ人のコミュニティの父兄が運営しているんだ。公式戦は、国際試合でフィリピンや、インドネシアからチームがやってくるよ。ちゃんとした試合ができるのは、このエリアではこの球場しかないからね。アメリカ人が立ち上げたアカデミーもご承知のとおりここを使っていたよ。もう撤退しちゃったけどね」

世界の野球普及に本腰を

 現在シンガポールは、東南アジア地域における野球の中心として機能しているようだ。しかし、「東南アジア野球」の実態は、現地人というより現地在住のアメリカ人の野球と言える。ただ、冒頭で述べたインドネシアのアカデミーもシンガポールの本部とともに撤退し、野球をビジネスツールとして普及させる目論見は失敗していると言わざるを得ない。

 その一方で、日本人による草の根活動としての野球普及も、そのインドネシアやミャンマーで行われている。しかし、善意のみでの活動は継続性に疑問符をつけざるを得ない。東南アジア地域からは、これまでWBC予選にフィリピン、タイが出場しているが、「野球の本場」であるアメリカ、日本、キューバで青少年の「野球離れ」がささやかれている今、これら野球先進国のトップリーグが手を取り合って世界的普及に本腰を入れねばならない時期に来ていることを、シンガポールの野球場が語っていた。
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著者プロフィール

世界180カ国を巡ったライター。野球も世界15カ国で取材。その豊富な経験を生かして『ベースボールマガジン』、『週刊ベースボール』(以上ベースボールマガジン社)、『読む野球』(主婦の友社)などに寄稿している。

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