プロフリークライマー・安間佐千「クライミングの楽しさを伝えたい」
プロフリークライマー・安間佐千が語る競技の魅力 【スポーツナビ】
今後注目が集まりそうなスポーツクライミングで、これまで日本のトップ選手として活躍していたのが安間佐千。小学校卒業のタイミングでフリークライミングと出会い、中学生になるとジュニアオリンピックの代表などに選ばれ、すぐに競技会での結果を残した。その後も国内外問わず数々の大会で優勝を飾ると、12年にはIFSCクライミングワールドカップリード種目で年間チャンピオンに輝き、日本人男性としては2人目の偉業を成し遂げている。
現在は競技の幅を広げ、自然の岩場で行うロッククライミングを中心に行っているが、今回は安間選手にフリークライミングの魅力について、また競技の楽しみ方について聞いてみた。
1人で落ち着いて向き合えるスポーツ
フリークライミングの魅力は「自分1人で落ち着いて向き合えること」と話す安間 【写真:アフロ】
きっかけは僕の父が山登りをしているのですが、父の山登り友達がクライミング施設を始めるということで、小学校を卒業した頃に一緒に行きました。
――初めてフリークライミングをやった時の印象は?
かなり強いインパクトがありましたね。ジャングルジムとかは登ったことがありましたが、クライミングの壁を登ることは初めてで。独特な難しさがあって、すごく印象的でした。それで「面白い。これはいいぞ」とシンプルなインパクトがあって、「これは僕の好きなやつだな」って思い、その時から今でも変わらずすごく楽しく取り組んでいます。
――「僕が好きなやつ」と感じたのは具体的にどんな点ですか?
小さい頃はサッカーや水泳などをやっていたのですが、結構、団体競技が苦手だったし、自分1人で落ち着いて向き合えることが好きでした。クライミングは芸術や音楽に近いかもしれません。1人で落ち着いて向き合えるし、だけどものすごく全力でチャレンジできるというのが好きなポイントでしたね。
――最初の頃はどれぐらいのペースで練習をしていましたか?
週1回のスクールに通っていました。でも2、3回目の時点で周りの人よりも登れるようになったので、それから徐々に1人でもやるようになりました。
――フリークライミングをやっている中で、一番達成感が得られるのはどんな時ですか?
やっぱり自分が難しくて無理だなって思ったものができた時ですね。自分の中の常識が覆る感じです。それが達成感や驚きになります。フリークライミングをやっている人の多くが、そういうのが好きだと言えると思います。
あと僕は見ているだけでもいいって思う時もあります(笑)。そういう穏やかな喜びもありますね。
ただ競技の中では勝つことを大切にしています。登りきることも大切だし、全力を尽くすことも。だから勝てても満足いかないこともあるし、いろいろなポイントがありますが、いつでも最高到達点までいきたいという感覚で取り組んでいます。
岩の個性に魅せられロッククライミングに
現在はロッククライミングが中心で、岩場の魅力に惹かれている 【スポーツナビ】
ジムに行っていると、岩が面白いらしいという情報を聞きまして(笑)。小さい頃から周りの大人たちが、面白がって「この子は登れるから、岩に連れて行きたい」と言ってくれていました。中学2年生ぐらいの時ですね。その時はそれほど岩に魅せられたわけでもないですが、年々その気持ちが強まって、岩場にシフトしたのが2014年です。
――自然と気持ちが岩場に向かった?
どうでしょうね? 今は岩登りの本質的な部分、岩登りを純粋に楽しむことができていますが、大会に参加している頃は、岩登りの楽しさが分かっていなかったかもしれません。でも14年ぐらいから急に、ただ岩を見ても「この岩はすごいな」って感じ始め、広がっていった感じです。僕としては大会もすごくいいフィールドだったけど、岩登りも美しいですし、どちらも好きですね。
――岩登りが「美しい」という感覚は、競技の本質的な部分?
岩って自然にできたもので、ひとつひとつ形が違います。いろいろな形があって、いろいろな岩があって、「あ、この人は……」って、個性がある感じですね(笑)。
ここがキレイだとか、この角度が面白いとか。例えば、東京の奥多摩にある御岳山に、日本で一番有名な「忍者岩」というのがあります。課題(クライミングで登るコース)には、それぞれ難易度で表されているのですが、これを実際自分が登ると、人間がどうにか頑張れば登れるような形状になっています。そういうところがびっくりしますよね。自然とできたものなのに、人間がなんとか努力すれば登れる課題、まさに奇跡ですよね。そういう部分に感動します。
自然の中で、川の流れ、風、砂が当たって風化された岩が、人間がようやく登れるような形になっていく。もちろん、岩としてみたら岩でしかないんですけど、それを人が登ることで、動きというか、個性が出てきて、それに自分が挑戦することで1つの絵のようになる。そういう部分がすごいなと思っています。
派手さと同時に繊細さにも注目して欲しい
競技とは距離を置いているが、東京五輪に向けての大きな流れに貢献していきたいと話す 【スポーツナビ】
クライミングジムもいわゆる「セッター」という方たちが、「ホールド」という突起物を配置して動きを作ります。その配置によって美しさを表現しながら、それを人間がこういう風にしたら登れるというのをクリエイトするのも、岩登りに近い要素があると思います。
――安間選手にとって、スポーツクライミングの課題を登る時の楽しみ方というのはありますか?
いろいろありますね。初めてトライすることを「オンサイト」と言うのですが、オンサイトは特別で、一生に1回しかないと。それがすごく大切で、登る前にイメージを思い浮かべて成功した時の達成感もあります。ただ、逆にイメージを作りすぎるとうまくいかない時もあって、イメージを作らずに登ったほうが成功することもあったり。そういう部分がカオスで、いろいろな課題と向き合うのが面白いですね。
――これから東京五輪に向け、スポーツクライミングが注目を集めることも多くなると思います。その中で、競技を観戦する人たちが「ここを見たら面白い」という部分は?
インパクトがあるのは、先ほど話した達成感の部分ですよね。クライミングは派手ですごく力強く、男性的な部分もありますが、一方で、すごく繊細で、よく見てもどこが難しいのか分からないところもあるのがクライミングの魅力です。
そういう部分を注意深く、選手が何に苦労しているのか、派手さやダイナミックさだけじゃない部分で要求されるものを、選手がどう乗り越えているのか。1つの要素だけじゃなくて、いろいろな困難に直面し、それを達成しているんだという視点を持つと、競技が面白くなってくると思います。
――軽業な動きで登りきるところだけが魅力ってわけじゃないということですね。
本当に毎回毎回、環境や壁の形、ホールドの配置も変わるし、選手の調子も当日になってみないと分かりません。いくら強い選手でも、その日の調子によってファイナルに上がれるかどうかが分からないし、何が起こるか分からない。またそのことによって、大会として盛り上がる場合もあるし、盛り上がらないこともある。そういうショー的な部分を楽しめることが、僕はこのスポーツの面白さだと思っています。
安定感を出しにくく、そこは大会を開催している方もドキドキしています。ですが、すごく不安定な中で起こるドラマ、偶然起きた奇跡的な出来事も、そこは何かコントロールされていない素晴らしさがあります。五輪本番でも、誰が勝つかみんな予想すると思いますが、その日にならないと実際は分からないというのが面白いです。
――最後に安間選手自身は東京五輪に向けて、どのように活動されたいですか?
僕自身は五輪を目指していなくて、自然の岩と向き合って、自分自身の時間を持つ大切な時期にしています。ですから競技とは距離を置いています。
ただ、五輪に向けて大きな流れがあって、めまぐるしくこの業界が変わっていくと思います。その中で、昔からクライミングが好きで、メジャーになる前からやっている人たちは、クライミングの面白さを知っているので、そういう方たちと一緒に、クライミングの本当の面白さは何かという部分を意識しながら、五輪の年を迎えられることを願っています。そうすれば多くの人に、クライミングの面白さが伝わると思いますし、自分なりに岩の楽しみ方、大会の楽しみ方を伝えていきたいと思います。
(取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)
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