低迷と迷走が止まらないバレンシアの惨劇 安易な経営権の売却、支払った大きな代償

理解し難いカオス状態

サルボ会長(右)が去り、ピーター・リム(左)がオーナーになったときから惨劇は始まった(写真は2014年のもの) 【Getty Images】

 バレンシアの惨劇は、リムが70%の株式を買収した時にはもう始まっていた。当時すでにバンキア銀行の手に渡り、政府から差し押さえを受けていたクラブを立て直すためには、ただ株式を買収して負債を肩代わりすれば済むわけではなかった。長い歴史を持つクラブの再建に必要なものは何なのかを理解し、明確なプロジェクトの元に経営に着手することが必要だったからだ。

 21世紀初頭の黄金期に会長を務めたハイメ・オルティーは、バレンシアの惨劇はヌノ・エスピーリト・サントの監督就任に始まったと指摘している。

「クラブの黄金期を支えた偉大なるOB、(ロベルト・)アジャラと(フランシスコ・)ルフェテは(アマデオ・)サルボとともに素晴らしいセンターバックを2人も見つけてきた。だがヌノは彼らと対立し、(ニコラス・)オタメンディも(シュコドラン・)ムスタフィも金に替えられてしまった」

 15年7月、クラブの存続に尽力したサルボ会長がスポーツディレクターのルフェテ、アジャラとともにクラブを去った。リムと親しく、世界的に影響力を持つ大物代理人のジョルジュ・メンデスの本格的な介入が始まったのはそこからだ。メンデスは自身が代理人を務めるヌノを新監督に据えただけでなく、ロドリゴ(3000万ユーロ/約36億円)、アルバロ・ネグレド(2800万ユーロ/約34億円)、アイメン・アブデヌール(2200万ユーロ/約27億円)、アンドレ・ゴメス(2000万ユーロ/約24億円)、ジョアン・カンセロ(1500万ユーロ/約18億円)、エンソ・ペレス(2500万ユーロ/約30億円)ら高額な移籍金を伴う選手を次々に補強していった。

 だが結局ヌノはサルボが去った4カ月半後に辞任。同年12月には、リムの友人であり、ビジネスパートナーでもあるギャリー・ネビルを新監督に抜てきしたが、やはり失敗に終わった。後を継いだパコ・アジェスタランも同じく成績不振で解任され、チェーザレ・プランデッリも補強方針を巡って昨年末に電撃辞任。ついにはスポーツディレクターのヘスス・ガルシア・ピタルチもクラブを後にした。まさにカオス状態である。

 ダビド・ビジャやダビド・シルバ、フアン・マタ、ジョルディ・アルバ、ロベルト・ソルダード、ジェレミー・マテュー、アンドレ・ゴメス、パコ・アルカセルらの売却によって多額の移籍金を手にしながら、バレンシアがこのような現状に陥っていることは本当に理解し難いことだ。

クラブのカリスマであるケンペスを解任

バレンシアの迷走はまだまだ止まりそうにない 【写真:ロイター/アフロ】

 深刻な危機が続く中、クラブは混乱を恐れてパテルナの練習場に厳しい報道規制を敷くようになった。チームの成績不振とそれに伴うファン離れが進んだことで、営業面では年間700万ユーロ(約11億円)の赤字が出ている。それでも収支を保っていられるのは、今季から増額されたテレビ放映権収入のおかげである。

 最近ではクラブ史上最高の選手の一人であり、メスタージャの入り口に巨大な肖像写真が飾られているマリオ・ケンペスがクラブ大使の役職を解かれた。経営陣の批判を繰り返していたカリスマの解任に際し、クラブは彼がスペインに住んでいないことを理由に挙げていた(ケンペスは米国在住で、ESPNのコメンテーターを務めている)。

「諸君、残念なことにわれわれは敗者のチームを目の当たりにしている。クラブに方向性は存在せず、チームからは戦う意欲がほとんど感じられない」

 エイバル戦の惨敗の後、ケンペスはバレンシアの現状をそう表現しただけでなく、「最も嫌いな敵にすら、ああはなってほしくない」とまでこきおろしていた。

 だがかつて“マタドール(闘牛士)”と呼ばれたスターをしても、バレンシアの迷走は止めようがないのである。

(翻訳:工藤拓)

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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