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元営業マン、熱血イケメン、怖モテ苦労人
箱根駅伝の名監督列伝

 現代的な元営業マン、一見さわやか熱血漢、スパルタ名伯楽にコワモテ苦労人監督――。新旧含めた個性さまざまな監督たちの存在も、箱根駅伝を彩る魅力のひとつだ。

 2017年1月2日、3日の箱根駅伝。レース後、胴上げの中心にいるのはどんな個性を持つ名監督だろうか。

青学を優勝校へ育てた原晋/青山学院大

2年連続の総合優勝を目前にし、ゴール地点で笑顔を見せる原監督。写真左は「3代目・山の神」こと神野大地
2年連続の総合優勝を目前にし、ゴール地点で笑顔を見せる原監督。写真左は「3代目・山の神」こと神野大地【写真:アフロスポーツ】

 箱根駅伝3連覇と今季の大学駅伝3冠を狙う青山学院大学の原晋監督。就任5年目で33年ぶりの箱根駅伝出場、6年目にシード権獲得、11年目にはチームを初優勝に導き、名監督への道を歩もうとしている。


 原監督が母校ではない青学の監督に就任したのは2004年のことだ。ケガの影響で選手を引退した後は中国電力の営業マンとして活躍していたが、縁あって指導者として陸上界に戻ることを決意。目標設定方法やトレーニングの取捨選択……営業時代の経験を生かしたマネジメント手法を積極的に取り入れ結果につなげた。


 迎える今回の箱根駅伝では、昨年までのエースたちが卒業し、周囲からは懸念の声も。しかし、「(就任してからの)様々なノウハウが蓄積され、ほぼすべての選手が自己記録を更新しています」と話すなど、現戦力も着実に成長。卒業生から現役生まで、多くの選手たちと積み重ねた経験をもとに、胸を張って選手たちを送り出す。

中村清からつながる名門の系譜/早稲田大

 箱根優勝は歴代2位の13回。名門早稲田の礎と言えば中村清監督(故人)を欠かすことはできないだろう。1913年生まれの中村は、36年ベルリン五輪に1500メートル代表として出場。引退後に母校の早稲田を指導してからは52年に18年ぶりの優勝をもたらし、54年にも大会制覇。社会人チーム監督を経て、30年後の84年にも再び優勝とチームを復活させる働きをした。


 スパルタとも言える熱血指導が有名で、周囲が圧倒されることもしばしば。勝つためなら何でもする自らの考えを選手たちに説いた際、勢いあまってグラウンドの芝(土という話も)を食べたというエピソードも残っているほどだ。

就任から7年目、渡辺監督(中央)は史上3校目の学生駅伝3冠を達成した
就任から7年目、渡辺監督(中央)は史上3校目の学生駅伝3冠を達成した【写真:アフロスポーツ】

 マラソン代表として五輪に2度出場した瀬古利彦も早稲田での門下生のひとりで、その瀬古は90年代の箱根駅伝スター選手だった渡辺康幸を指導。渡辺は監督として、18年ぶりの優勝(2011年)に母校を導き、リオデジャネイロ五輪代表の大迫傑らを育てた。


 現在の相楽豊監督は、青学一強の声もある今大会で「早稲田は常に優勝を掲げないといけない」と、堂々のライバル宣言。時代は変われど、頂点を目指すその熱意は、えんじ色のたすきに脈々と受け継がれている。

名監督で名物監督、大八木弘明/駒澤大

2014年、3区を走る油布郁人(手前)にげきを飛ばす大八木監督
2014年、3区を走る油布郁人(手前)にげきを飛ばす大八木監督【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】

「男だろ!!」。駒大・大八木弘明監督が、レースを走る選手たちに向かって声を張り上げる姿を楽しみにしている駅伝ファンも、少なくないのではないだろうか。


 監督としては2度の優勝経験を持つ大八木は選手時代、故障や家庭の事情などもあり一時は大学進学を断念した。しかし、24歳という年齢で駒大夜間部に入学し、陸上部へ。社会人だったため昼間は働き、夕方は学業、空いた時間に練習というハードな日々を経て、箱根ではエース区間と言われる“花の2区”と、“山上りの5区”を走り、区間賞を獲得した。


 現在は、銀ぶちメガネに、ビシっと整えられたヘアスタイルで、指導者となって22年目の貫禄が漂う。一見すると鬼監督だが、「(高校時代に)直接スカウトに来てくださった」「怖いです。でも……」と、現役やOB選手は信頼感をにじませる。レース中の“ゲキ”は他大学の選手が驚いてしまう程だが、教え子たちの心には、厳しくもしっかりと届いているのかもしれない。

就任1年目で箱根V、酒井俊幸/東洋大

2012年全日本大学駅伝での酒井監督。青年監督らしくスーツの着こなしも若々しい
2012年全日本大学駅伝での酒井監督。青年監督らしくスーツの着こなしも若々しい【写真:アフロスポーツ】

 東洋大の酒井俊幸監督は、09年の監督就任1年目で、箱根駅伝優勝監督となった。箱根常連ながら名門校に一歩及んでいなかった東洋大は、この初優勝で一気に存在感を強くした。


 急きょ監督を務めることになった酒井自身も、東洋大の出身だ。箱根には1年から出場し、3区、7区、1区を走ったが、主将を務めた4年時にはけがを抱えてエントリーメンバーに入れず。悔しい思いを味わった。


 卒業後はコニカミノルタ陸上部で全日本実業団駅伝3連覇に貢献。引退し、高校教諭として陸上部の指導をしていたところ、前任の川嶋伸次監督から推薦されて大役を引き継いだ。

2014年、箱根駅伝7区で服部弾馬(東洋大)に並走しながら指示を送る酒井監督
2014年、箱根駅伝7区で服部弾馬(東洋大)に並走しながら指示を送る酒井監督【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】

 “イケメン監督”とも呼ばれるさわやかな風貌に反して、「1秒を削り出せ」と勝負へ向けた言葉は熱い。駅伝本番のレースでは、選手に声を掛けながらそのまま隣を走り続けたことも。青学優位とも言われる今大会でも「最低でも3位以内。やはり王座奪還を狙っていきます」と気合十分だ。

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