劇的勝利のイラク戦をどう見るべきか? なりふり構わぬ戦い方で手にした勝ち点3

宇都宮徹壱

過去4試合、イラクに勝利している日本だが

昨年6月のキリンカップでは4−0でイラクを下した日本。ホームで試合が行われることを考えると、不覚を取る可能性は低いと考えられたが…… 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 会見が始まってから5分もしないうちに、しゃべるスピードがどんどん早くなる。通訳の日本語が追いつかず、ボスニアなまりの指揮官のフランス語にブレンドされて、聞きづらいことこの上ない。もう少し落ち着いて話せば……と毎度のことながら思うのだが、今回は、これまで以上に言葉の端々から焦りといら立ちが感じられる。日頃、選手には「デュエル(球際の競り合い)で勝つこと」や「インテンシティーの高さ」を求めていながら、実は指揮官自身がメンタル面で打たれ弱いのではないか──。

 ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、ホームでのイラク戦を翌日に控えたヴァイッド・ハリルホジッチ監督の会見を聞きながら、そんなことを思ってしまった。われらが日本代表は、先月の2試合を終えて1勝1敗の勝ち点3でグループ3位。イラク戦が行われる10月6日、裏の試合ではグループ2位のサウジアラビアが1位のオーストラリアと対戦する。ここでサウジアラビアが敗れて日本が勝利すれば、日本は2位に浮上する可能性がある。一方でUAEがタイに勝利すれば、日本は勝敗にかかわらず4位に後退する可能性もある。それでも、このあとオーストラリアとのアウェー戦を控えていることを考えると、このイラク戦は日本にとって、絶対に落とすわけにはいかない正念場だ。

 再び、前日会見。イラクの記者から「最近の日本代表のサッカーはそれほどレベルが高くないように見えるが、なぜだと思うか」というストレートな質問が飛んできた。決して挑発的なニュアンスではなかったものの、ハリルホジッチ監督の言葉がさらに熱を帯びる。

「私はそう思っていない。なぜかというと1年前(昨年6月)、日本は素晴らしい試合をしてイラクに4−0で勝ったからだ。むしろ私はサッカー面ではなく、別の部分で困難を感じている。イラクはかなりの長い期間合宿ができたのだが、われわれにはその時間がない。疲労回復の時間もない。それでも、日本代表にはまだまだ最終予選を突破するだけのクオリティーがあると思っているし、明日は勝てると思う」

 ここ最近のデータを見る限り、2012年からの4試合で日本はイラクにいずれも勝利している。しかもうち3試合は、W杯予選やアジアカップなどの公式戦だ。もはや「ドーハの悲劇」は遠くなりにけり。日本のホームであることも考慮すれば、イラクに不覚を取る可能性は極めて低いと考えるのが、つい最近までのわれわれの常識であった。

ハリルホジッチ監督を苦しめる「負のサイクル」

香川に代わってトップ下で先発出場した清武。その清武もまた、所属クラブのセビージャでは出場機会が限られている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 今予選を通じて、今さらながらに痛感するのが「初戦の大切さ」である。スコアレスドローに終わった、2次予選初戦のシンガポール戦。いくつかの不運が重なって1−2の逆転負けを喫した最終予選初戦のUAE戦。いずれも勝ち点3を獲得し損ねたことで、それまで良好だったメディアや世論との関係性が揺らぎ始め、指揮官自身も本来の冷静さを失ってしまう。そこで生じた「負のサイクル」こそが、ハリルホジッチ監督を迷走させる一番の要因となった。

 今予選での日本の懸念事項は、(1)欧州組がチームの大半を占めるようになったため、集合から試合まで「時間がない」こと。(2)主力選手の多くが所属クラブでの出場機会が限られ、試合勘を鈍らせてしまっていること。(3)コンディションが整わない選手を指揮官がスタメンで起用したこと。以上、3点に集約できよう。もっとも、(1)は今に始まった話ではないし、(2)についても代表監督がどうこうできる話ではない。

 ハリルホジッチ監督に求められるのは(3)の問題を是正すること。すなわち、コンディションの良い選手をチョイスして、信頼と覚悟をもってピッチに送り出すことができるかである。初戦の敗因も、そして現在の「負のサイクル」も、まさにこの一点に集約されていると言ってよい。そして、このイラク戦のテーマも実に明快だ。初戦での敗北から続いている「負のサイクル」を断ち切ること。そのためには、求められるのは勝利のみ。それがかなわなければ、指揮官の首は危ういと言わざるを得ない。

 そんな運命のイラク戦、スターティングイレブンは以下の通りとなった。

 GK西川周作。DFは右から、酒井宏樹、吉田麻也、森重真人、酒井高徳。中盤は守備的な位置に長谷部誠と柏木陽介、右に本田圭佑、左に原口元気、トップ下に清武弘嗣。そしてワントップに岡崎慎司という布陣である。香川真司がベンチスタートとなり、代わりに清武がスタメン起用された以外、さほど新鮮味が感じられない顔ぶれ。それでも、重要な試合では必ず重用されてきた香川を、このタイミングで外した意味は小さくはない。

 今季の香川は、所属するドルトムントでの出場数はリーグ戦、カップ戦、チャンピオンズリーグ9試合のうち、わずか4試合(スタメンは2試合)。9月の最終予選2試合も精彩を欠いたプレーが目立っていただけに、指揮官がいつ決断を下すのかは注目ポイントのひとつであった。とはいえ、今季セビージャに移籍した清武も定位置を確保しているわけではなく、1日のリーグ戦ではベンチ外。“大駒”を外すにしても、その代役もまた出場機会が限られているのが、今の日本代表の厳しい現実である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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