劇的勝利のイラク戦をどう見るべきか? なりふり構わぬ戦い方で手にした勝ち点3

宇都宮徹壱

久しく忘れかけていた最終予選の醍醐味

原口は先月のタイ戦に続き見事なゴールを決めただけでなく、日本の攻撃を機能させる上でも重要な役割を果たした 【写真:ロイター/アフロ】

 最終予選のイラクは、去年のアジアカップからぐっと若返っていた。スタメンのうち最年長がキャプテンで10番のアラー・アブドゥルザフラ、28歳。他のスタメンは全員が90年代生まれで、平均年齢は23.3歳である。さながら五輪代表のようだが、実際のところスタメンのうち8人はリオデジャネイロ五輪出場メンバーだ。すでに2敗しているイラクは、アウェーにもかかわらず積極的に仕掛けてきたため、序盤の日本はバタつく展開が続いた。

 前半26分、ゲームが動く。落ち着きを取り戻した日本は、ドリブルで押し上げた清武が本田とのパス交換から右サイド深くに侵入して低いクロスを供給。これにニアサイドの原口がヒールで巧みにコースを変え、相手GKの股間を抜いてネットを揺らす。先月のタイ戦に続く原口のゴールも見事であったが、クレバーな動きでたびたびチャンスメークしていた清武のプレーも、見ていて頼もしさとすごみが感じられた。この日の日本の攻撃陣は、まさに清武と原口によって機能していたと言ってよいだろう。

 一方の守備は、どうもぴりっとしない。前半アディショナルタイムには、イラクのアハメド・ヤシーン・ゲニに左サイドの突破を許し、クロスを供給したところをアブドゥルザフラがシュート。これは西川が正面でブロックして事なきを得たが、後半15分にはFKから同点に追いつかれてしまう。ヤシーンが蹴った位置は、さほど危険を感じさせる距離ではなかったものの、サード・アブドゥルアミールとの空中戦に酒井高が競り負け、日本はUAE戦に続いてセットプレーからの失点を喫してしまった。

 何としても勝ち点3を確保したい日本は、より高い位置でボールを奪うべく、柏木に代えて山口蛍を投入(後半22分)。さらに、前線で存在感を示せなくなっていた岡崎と本田を下げ、浅野拓磨と小林悠をピッチに送り込む(後半30分と36分)。この頃になると、イラクはあまり攻め込んでこなくなり、日本はロングボールを多用したパワープレーを試みるようになる。刻一刻と時間が過ぎていく中、相手GKが傷んでいた時間が加算されて、アディショナルタイムは6分。スタンドからはどよめきが起こる。

 そして後半45+5分。日本は吉田の前線でのアグレッシブなプレーから、左コーナーアーク付近でFKのチャンスを得る。清武のキックはいったんはクリアされるも、山口がミドルレンジから右足を振り抜いた。低い弾道は一直線にゴール左隅に突き刺さり、埼玉スタジアムが文字通り、歓喜で揺れる。選手やスタッフはもちろん、サポーターもメディア関係者も、忍耐と苦悶の末にようやく手にすることができた、勝ち点3という名のカタルシス。それはまさに、日本人が久しく忘れかけていた最終予選の醍醐味(だいごみ)でもあった。

日本は「アジアのチャレンジャー」である

劇的な勝利ではあったが、日本の現状をあらためて突きつけられた一戦でもあった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「選手は強い気持ちと勇気を見せた。初めて選手たちがピッチ上で叫んでいた。美しい勝利ではないが、勇気の勝利だった」

 試合後の会見。この日もハリルホジッチ監督は、通訳などお構いなしでまくし立てていた。しかしその表情は焦燥感ではなく、劇的な勝利に接した高揚感に満ちていた。選手も同様の思いであろう。殊勲の勝ち越しゴールを決めた山口は「もちろん課題はある」としながらも、「最後まで、チームとして勝ち点3を取りにいけたところをポジティブに考えたい」と語っている。

 この日の日本は、確かに持ち味のパスワークと連動性がなりを潜めていたし、1対1の場面でもイラクの球際と空中戦の強さに屈する場面が何度も見られた。それでも最後は「強い気持ちと勇気」でもって、劇的な勝利を収めることができたのである。しかし一方で、この試合の日本は「運に恵まれていた」という事実も看過すべきではない。その事実を指摘するのは、イラク代表のラディ・スワディ監督である。

「われわれが敗れたのは、今日のジャッジのせいではないかと思っている。われわれの選手に負傷者がいたのに、こちらのアピールをレフェリーは無視して交代を聞き入れてくれなかった。それから6分間のアディショナルタイムも長すぎたと思う」

 イラクの指揮官が語るとおり、吉田がファウルをもらった時点で14番のDFのスアド・ナティク・ナジは担架に運ばれてピッチの外にいた。相手が11人だったら、山口のミドルがブロックされていたかもしれない。余談ながら原口の1点目も、本田から清武に縦パスが渡ったシーンは、タイミング的にはオフサイドだった。UAE戦では不利なジャッジに泣かされた日本であったが、この試合に関してはむしろ判定に救われた感が否めない。

 確かに、劇的な勝利ではあった。「予選は内容よりも結果」というのも、その通りだと思う。しかし同時に今回のイラク戦は、日本の現状というものをあらためて突きつけられた一戦でもあった。戦力的に下だと思っていたチームにホームで苦戦し、デュエルとインテンシティーで劣勢を強いられ、もはや本田や岡崎や香川に過大な期待をかけることもかなわず、なりふり構わぬ戦い方の末にようやく手にすることができた、アジアでの勝ち点3──。結局、サウジアラビアとオーストラリアが2−2で引き分け、UAEはタイに3−1で勝利。この時点でUAEと勝ち点・得失点・総得点で並んだ日本は、当該成績で4位となった。

 このイラク戦の勝利が、「負のサイクル」を断ち切る第一歩になったのは間違いない。しかし一方でわれわれは、もはや日本が「アジアのチャレンジャー」でしかないという現実を、この機会に深く胸に刻む必要がありそうだ。「なぜ、こうなってしまったのか?」という検証と反省は、もちろん必要である。しかし今は、限られた戦力を駆使しながら目前の戦いに集中するしかない。何とも複雑な想いではあるが、オーストラリア戦が開催されるメルボルンには「アジアのチャレンジャー」として、強い気持ちをもって赴くことにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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