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石川遼、米ツアー復帰へ準備着々
父・勝美氏が見た手応えと課題

“本気モード”に戻った石川

KBCオーガスタ、フジサンケイクラシック、ANAオープンの3試合を終え、父・勝美氏が課したノルマをあっさりクリアした石川遼
KBCオーガスタ、フジサンケイクラシック、ANAオープンの3試合を終え、父・勝美氏が課したノルマをあっさりクリアした石川遼【写真は共同】

 今年2月に腰痛のため米ツアーの戦線を離脱した石川遼は、7月初旬の日本プロ選手権でほぼ半年ぶりにトーナメントへの出場を果たした。しかしこれは、「今週は弱気な自分との闘い」(石川)と位置付けた、あくまでも下調べのような試合だったと言ってもいいだろう。腰痛の再発を恐れながらのプレーで、8割程度のスイングしかできず、2日目には1つもバーディが奪えないラウンドとなり、予選通過に10打も及ばない結果となった。


 父でありコーチでもある勝美氏は、「80パーセントで戦えるほどツアーは甘くない。100パーセントにしないとダメだ」と息子に言ったそうだ。そして「100パーセント怖がらずに打てるようになった」(石川)という状態で出場したのが8月末のRIZAP KBCオーガスタだ。ここからが“お試し”ではなく、石川にとって“本気モード”の舞台になったと言っていいだろう。

16−17年シーズンに課せられているノルマ

 石川は、日本の試合に出るにあたり、事前に米ツアーに公傷制度(メディカルエクステンション)の適応を申請し、その適応の内諾を得ていた(正式決定は米ツアーシーズン終了後)。


 これは、選手のけがや家族の病気などの事情でシーズン途中から試合出場が困難になったシード選手を救済する制度で、同制度の申請者に対して、復帰準備のために、米ツアー以外のツアーおよび下部ツアーへの出場を5試合に限り許しており、石川は手始めとして日本プロ選手権に出たのだ。


 そして、KBCオーガスタに続き、9月開催のフジサンケイクラシック、ANAオープンに出場する予定を立てていた石川だが、その3試合に先立ち、勝美氏は「ただ試合に出るだけではなく、その3試合でベスト10入り2回以上の成績を挙げることが日米に限らずトーナメントを戦う条件」としていた。ところがふたを開けてみると、石川の成績は、優勝、2位、3位というもの。あっさりと父の課したノルマをクリアしてしまった。


 これで石川の主戦場である米ツアー復帰への準備は整った。石川は来る16−17年シーズンを公傷制度適応選手として米ツアーを戦うわけだが、その資格で出場できる試合数は、およそ20試合程度と予想されている。なお、出場試合は、メジャーなど出場資格に制限があるもの以外は、石川本人の意思で選択できる。その間に15−16年シーズンのシード最下位、つまり125位の選手が稼ぎ出したフェデックスカップポイントを上回るポイントを獲得すれば、晴れてシード選手として残りの試合に出られることになる。


 今シーズン、石川は2月に戦線を離脱するまでに米ツアー6試合に出て55ポイントを得ている。125位でシードに滑り込んだノ・ソンユル(韓国)は454ポイントを獲得しているから、それに達するためには、石川には、あと399ポイントの上積みが必要になる。


 メジャー大会や準メジャー、そしてそれらと同時開催されるマイナーな試合以外の普通の米ツアーの優勝で獲得できるのは、500ポイントだから、一発でシード確定の可能性もある。しかし、獲得ポイントは2位300ポイント、3位190ポイント、4位135ポイントというふうにブレークダウンしていき、予選を通っただけの70位以下は1ポイントしか加算されない。もちろん予選落ちは0ポイントだ。


 予選通過を大前提として単純計算すると、毎試合20ポイントを加算していけば20試合で400ポイントとなり、125位の454ポイントをクリアできることになる。通常の米ツアーで20ポイントを獲得できる順位は51位だ。日本でのここまでの3試合の成績を考えると、石川にとって、それほど難しい課題ではないように思える。

久保田千春
1948年東京生まれ。長らく週刊ゴルフダイジェストでトーナメント担当として世界4メジャーを始め国内外の男子ツアーを取材。91年から今も続く週刊ゴルフダイジェストの連載「ノンフィクションファイル」を立ち上げ担当して編集作業を行う傍ら自らも執筆。フリーとなった今も同連載に寄稿している。2007年にアマチュアだった石川遼のツアー優勝以後、石川勝美氏の依頼により「バーディは気持ち」の編集作業を担当し、その過程で石川家と親しく交流するようになった。それが縁となり武蔵野千のペンネームで週刊ゴルフダイジェスト連載の「遼くん日記」の原作を08年から12年まで執筆。現在は同誌で「迷ったとき、ユハラにかえれ!」を執筆中。91年に当時のツアーオブジャパンの依頼で日本ゴルフ雑誌記者協会を創立し、ゴルフダイジェストを退職した08年まで同協会会長を務める。また、ここ20年ほど世界ゴルフ殿堂に委嘱されインターナショナル部門の選考も行っている。

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