日本がタイ戦で露呈した3つの「急所」 W杯最終予選で初勝利も采配に疑問

宇都宮徹壱

なぜ香川を最後までピッチに残したのか?

前半18分に原口が先制してから後半30分に浅野(写真)の追加点が決まるまで、日本はナイーブにすぎた 【写真:ロイター/アフロ】

 後半の45分については、この試合で浮き彫りになった、日本代表の3つの「急所」にフォーカスしながら振り返ってみたい。「急所」とは、(1)ゴール前での決定力の欠如、(2)指揮官が特定の選手に拘泥し続けること、(3)守備陣に警告が多いことである。

 まず(1)について。日本は22本ものシュートを放ちながら、わずかに2ゴールという結果に終わった。この日、下がり目のポジションでボール奪取とビルドアップに貢献していた山口は「後ろはずっと耐えている時間が長くて、2点目が入るまではすごく緊張感を保ちながらプレーしていた」と語っている。1点リードの安心感ではなく、いつ同点にされるか分からない不安感。シュートが入らないことで焦りが生じ、焦りによってリズムが狂い、リズムの狂いがシュートミスを誘発する。確かに相手GKのカウィンが当っていたのも事実だが、それを差し引いてもこの日の日本はナイーブにすぎたと言わざるを得ない。結局、後半30分に浅野の追加点が決まるまで、われわれはストレスフルな悪循環に身悶えし続けることとなった。

 次に(2)について。この重苦しい展開を打破するには、適切なベンチワークが不可欠であった。しかしハリルホジッチ監督が最初のカードを切ったのは後半37分(浅野OUT/武藤嘉紀IN)。その後、41分に小林悠、アディショナルタイムに宇佐美貴史を投入するが(交代は本田と原口)、いずれもタイミング的には遅きに失した感は否めない。それ以上に不可解だったのは、この日は明らかに「持っていなかった」本田を終了間際まで引っ張り、まったく精彩を欠いていた香川を最後までピッチ上に残したことである。とりわけ香川に関しては、しかるべきタイミングで清武と代えていれば、まだ落ち着いたゲーム運びが期待できただろう。この2試合における指揮官の香川への拘泥ぶりは、チームはもちろん香川自身にもプラスになっておらず、今後に不安を残す采配に感じられた。

 そして(3)について。後半の最大の見せ場が、タイの唯一のビッグチャンスを西川が好判断でブロックした、後半25分のシーンであろう(ここでティーラシル・ダンダに同点ゴールを決められていたら、その後の試合展開はかなり違ったものになっていたはずだ)。ゆえに西川は「影のMVP」といえるが、後半38分に酒井高との連係ミスからシロク・チャットンを倒してしまい、イエローカードをもらったのはいただけなかった(レッドカードもあり得た)。前半28分には、ボールの空気圧に違和感を訴えた森重が警告を受けており、W杯最終予選2試合で日本の守備陣がもらったイエローカードは4枚(UAE戦で酒井宏と吉田が受けている)。森重のケースはやや不運な面もあったが、他はいずれも自らの不注意がもたらした「いらないカード」であった。今後の戦いを考えると、大きな不安材料になりかねない。

一息ついたものの、気の抜けない状況に変わりはない

この日は6万人ほどのタイのサポーターがスタンドを埋め尽くしていた。タイは非常に可能性を感じさせるチームだった 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 試合中に降り続いた雨は、一時は小雨模様になったものの、監督会見が終わる頃には雷を伴った豪雨となった。少し雨が落ち着いてからメディアルームをあとにしたのだが、ラジャマンガラ周辺は水浸しとなっていて、車やバイクが豪快に水しぶきを上げながら走り過ぎてゆく。ようやくタクシーを拾い、雨に濡れたバンコクの街並みをぼんやりと眺めながら初めて、アウェーの地で勝ち点3をつかみ取ることができたという実感が湧き上がってきた。戦っていたのは選手や監督だけではない。裏方を支えたチームスタッフ、現地まで駆けつけたサポーターとタイ在住の邦人、そしてわれわれメディアの人間もまたしかり。まさに「オール・ジャパン」で勝ち取った、バンコクでの勝ち点3であった。

 対戦相手のタイ代表についても、あらためて触れておきたい。チャンスこそ限られていたものの、それぞれの個性がきちんと組織に落とし込まれた、非常に可能性を感じさせるチームだったと思う。試合後の会見で、ハリルホジッチ監督が「タイと対戦する多くの国は困難に直面することだろう」と語っていたのも、決してリッピサービスばかりではなかったと思う。むしろ最終予選の早い段階で、敵地で対戦しておいたのは日本にとって幸運であった。

 余談ながら、この日ラジャマンガラのスタンドを埋め尽くしていた6万人ほどのタイのサポーターは、アジア最終予選というものをよく分かっていなかったように見受けられた。日本の選手がピッチに登場すると、ブーイングではなく歓声が上がり、日本の選手紹介では拍手さえ沸き起こった。いかにも「微笑みの国」らしい、何とも奇妙なアウェー戦。とはいえ、もしもアウェーとホームの日程が逆になっていたら、厳しい戦いを通して鍛えられたタイ代表とそのサポーターに、非常にタフな戦いを強いられていたかもしれない。その意味で日本には、まだまだ運があったのかもしれない。

 この日の裏の試合では、サウジアラビアがマレーシアで行われたイラクとの「アウェー戦」に2−1で勝利(得点はいずれもPKによるもの)。一方、オーストラリアはUAEとのアウェー戦に1−0で競り勝っている。この結果、日本は首位オーストラリア、2位サウジアラビアに次いで3位に浮上。初戦からの悪い流れを断ち切り、何とか一息ついた日本であるが、もちろんまだまだ楽観はできない。タイ戦であらわになった課題を抱えたまま、ライバルたちの猛追を背中で感じつつ上位陣を追いかけるという、まったく気の抜けない状況に変わりはない。次の試合は、10月6日の対イラク戦(ホーム)、そして11日の対オーストラリア戦。多くのファン(とりわけ「ジョホールバル」を記憶する年季の入ったファン)が望んでいた、ヒリヒリするような最終予選は、まだまだ続く。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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