日本がタイ戦で露呈した3つの「急所」 W杯最終予選で初勝利も采配に疑問

宇都宮徹壱

ハリルホジッチ監督は「追われる状況」に弱い?

ホームでのW杯アジア最終予選初戦を落としたことで、ハリルホジッチ監督の顔からいつもの“自信家”の表情はすっかり影を潜めていた 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

「日本は弱点が少ないチームだが、初戦に負けてプレッシャーを抱えている。われわれはさらにプレッシャーをかけていきたい」

 ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、タイvs.日本を翌日に控えた5日の監督会見。タイ代表のキャティサック・セーナームアン監督は、こう述べた上で「われわれにはプレッシャーはない」として、心理面でアドバンテージがあることを匂わせた。現役時代は「ジーコ」の愛称で知られ、1997年3月15日のバンコクでの親善試合では、2つのゴールをたたき込んで3−1で日本に勝利している(この試合以降、タイは日本に勝利していない)。そうした成功体験に加え、「失うものは何もない」という開き直りもあるのだろう。43歳の若き指揮官の表情から、“弱者”ゆえの気負いはまるで感じられなかった。

 むしろ気負っていたのは、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督のほうである。最新(8月11日付)のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングでは日本が49位でタイが120位。過去の通算対戦成績では日本の14勝4分け2敗。いくらアウェーとはいえ、常識的に考えればまず負けることのない相手だ。にもかかわらず、ホームでのUAEとの最終予選初戦を落としたことで、いつもの“自信家”の表情はすっかり影を潜めていた。ふと、不吉な仮説が脳裏をよぎる。もしかしてこの人、「追われる状況」にめっぽう弱いのではないか、と。

 ハリルホジッチ監督のキャリアに輝かしく刻まれているのは、たとえばリール時代(フランスの2部クラブを1部に押し上げ、さらにはチャンピオンズリーグにまで導いた)であったり、アルジェリア代表時代(W杯ブラジル大会で同国を初めて決勝トーナメントに導き、優勝国ドイツとも接戦を演じた)であったりと、常にチャレンジャーの立場であった時だ。もちろん、パリ・サンジェルマンやディナモ・ザグレブといった強豪クラブを率いてタイトルも獲得しているが、いずれも短命政権で終わっている。

 指揮官として目覚ましい結果を残し、なおかつ3年以上にわたって仕事を続けてきたのは、リールとアルジェリア代表のみ。現在の日本代表のように、かつての優位性が揺らぎ始め、ライバルたちが猛追するような状況になると、とたんにプレッシャーを感じてしまい、強者のメンタリティーが失われてしまうのではないか──。ハリルホジッチ監督の自信を失った表情を見ていると、そんなあらぬ胸騒ぎを覚えてしまう。もちろん杞憂(きゆう)であってほしいのだが。

原口のゴールで先制するも、本田が大ブレーキ

この日はW杯予選でゴールを決めてきた本田(右)がぴりっとしなかった 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 試合当日。タクシーが会場のラジャマンガラ・スタジアムに近づくと、周辺は平日にもかかわらず、ブルーのレプリカユニホームを着た人々でごった返していた。タクシーを降りると、いきなりの大きな歓声。どうやらタイ代表のチームバスが到着したようだ。とはいえ、まだキックオフから2時間半前である。なぜこんなに早いのだろうと思ったら、敷地内にお参りする場所があり、選手やスタッフが神妙な表情で勝利の願掛けをしていた。その様子を、大勢のファンが懸命に背伸びをしながらスマートフォンで撮影しようとしている。厳粛と喧騒が入り混じった、何とも奇妙な光景がそこにはあった。

 さて、タイ代表以上に祈るような気持ちで敵地に乗り込んだ、日本代表である。この日のスターティングイレブンは以下のとおり。GK西川周作。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、森重真人、酒井高徳。中盤は底に長谷部誠と山口蛍、右に本田圭佑、左に原口元気、トップ下に香川真司。そしてワントップには浅野拓磨。前回のUAE戦から3人が入れ替わった(編注:大島僚太、清武弘嗣、岡崎慎司の代わりに山口、原口、浅野が入った)。このメンバー変更についてハリルホジッチ監督は「経験のある選手と若い選手を競争させたかった」としながらも「(外れた)彼らが悪かったからではない」として、控えに回った選手たちへの配慮もにじませている。

 突然降りだした、激しい雨の中でキックオフ。日本は序盤から激しいプレッシングを繰り返し、早々にゲームの主導権を握る。そして前半18分には待望の先制ゴール。山口からの強い縦パスが右サイドに入り、これを酒井宏がダイレクトでクロスを供給。本田がマーカー2人を引きつけ、フリーになった原口が頭から飛び込んでネットを揺らす。「早い時間帯から外を使ってくれた。みんながゴールの方向に向かって走っている時は僕らも(クロスを)上げやすい」とアシストした酒井宏が語れば、「久しぶりに左で使ってもらって、このチャンスを逃したらもうないだろうなと。一番分かりやすい結果が出たのは良かった」と原口。チーム全員の意思統一と、個々の選手の思いが結実した、素晴らしいゴールであった。

 その後、前半のうちに追加点を挙げておけば、「いつものタイ戦」となっていたことだろう。しかしこの日の日本は、W杯予選でゴールを決めてきた本田がぴりっとしない。24分、左サイドからドリブルで持ち込んだ浅野のラストパスには、何と空振り。42分、ペナルティーエリア内から放ったシュートは、相手DFに当ってGKカウィン・タマサチャナンがセーブ。そして前半アディショナルタイムには、酒井宏のクロスに頭でジャストミートするものの、またしてもGKカウィンの攻守に阻まれる(こぼれ球を香川が狙ったが、こちらもDFがブロック)。追加点が奪えないまま、前半の日本のリードは1点にとどまった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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