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“北京の銅超え”遂げた400mリレー
日本男子は「37秒台の新時代」へ

アジア新記録で銀メダル

“最強メンバー”とも言われた(左から)山縣、ケンブリッジ、桐生、飯塚の4人が歴史に残る金字塔を打ち立てた
“最強メンバー”とも言われた(左から)山縣、ケンブリッジ、桐生、飯塚の4人が歴史に残る金字塔を打ち立てた【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 鮮やかな発色レッドの絵具が青いキャンバスにスーッと引かれるように、伸びやかな軌跡の残像が残った。史上最速の“稲妻”のすぐ後ろを追走し、フィニッシュラインを突き抜ける。4人のサムライが歴史に銀色の印を刻んだ――。


 山縣亮太(セイコー)、飯塚翔太(ミズノ)、桐生祥秀(東洋大)、ケンブリッジ飛鳥(ドーム)で臨んだリオデジャネイロ五輪・陸上男子400メートルリレーの日本。9秒台をうかがう韋駄天たちが軽快に推進力を上げ、精度を高めた“新型アンダーハンドパス”がピタリと決まった。タイムは驚異の37秒60。従来の日本記録38秒03をはるかに超え、今大会の予選で出したアジア記録(37秒68)をもすぐさま更新して見せた。


 山縣がキレ味鋭いスタートダッシュでトップ争いをすると、飯塚が巧みにバトンを受け取る。桐生は本来の本能の走りでジャマイカと並ぶ位置まで順位を上げ、ケンブリッジもダイナミックな走りで一時は3大会連続3冠の伝説を完成させたウサイン・ボルト(ジャマイカ)に迫って見せた。


 日本は強かった。ジャマイカも米国もイギリスもカナダも中国もいた中での銀メダル。日本陸連の土江寛裕男子短距離副部長が「すべての強豪国がそろった中でメダルを取りたい」と語っていた目標を堂々と達成した。2009年の世界選手権以降、初めて世界大会で予選よりも決勝でタイムを伸ばしたことも勝負強さを証明していた。


 苅部俊二部長が「日本が得意とするバトンパスだけでは通用しなくなる時期が、そろそろ来るのかなという感じはしますよね」と語っていたが、そうなる以前に本筋の走力で勝負できる強さがあった。16年夏のリオでのすべてを終え、日本チームが描き切った造形は、「北京の銅超え」と「37秒台の新時代」だった。

同時代に現れた日本史上最速の4人

ケンブリッジと桐生はともに9秒台を目指し、しのぎを削ってきた
ケンブリッジと桐生はともに9秒台を目指し、しのぎを削ってきた【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 100メートル走では、9秒台が待望されながら出そうで出ない状況が続いている。そこに高い壁がそびえているのだとすると、リオ五輪の400メートルリレーは、深い渓谷をヒョイと飛び越えてしまった飛躍の感じだ。〈10秒の壁〉のうっぷんを一掃するかのような、鮮やかな快進撃だった。


 だがそれは、取りも直さず、〈壁〉突破に挑んでいるからこそ可能だったということだ。それぞれに苦しんできた4人だが、今季に入ると桐生、山縣、ケンブリッジは100メートルで9秒台目前、飯塚は200メートルの19秒台手前という水準まで自己記録を伸ばした。これだけの高い目標に接近する者たちが同時代に現れたことは、これまでの日本にはなかったことだ。


 そこで思い出されるのが、13年4月、高校3年の桐生が10秒01を出した会見場で、当時、日本陸連の男子短距離部長だった伊東浩司・現強化副委員長が語った「そろそろリレーだけで力を発揮するのではなく、メンバーに9秒台が2、3人いる時代がくればうれしい。相乗効果が隅々まで波及していけば」という言葉だ。


 指摘された展望には、こんなことも含意されていたに違いない。


「スムーズに加速できる利点に着目した01年来の伝家の宝刀・アンダーハンドパスを武器に、北京五輪では銅メダルという画期をなした。けれども、世界はレベルを上げつつある。バトンワークに加えて、選手個人の走力で戦えるようにならなければならない」と。


 それから3年。リオの地には言葉通りに進化した日本の姿があった。9秒台目前の走力を持ったスピードスター集団が、バトンの受け渡し時により距離が稼げるオーバーハンドの利点まで取り込んだ“新型アンダーハンドパス”でタイムをグングン伸ばす姿だ。

高野祐太

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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