スピード建設はなぜ可能となったのか? 行政側から見た今治の新スタジアム計画

宇都宮徹壱

5000人収容のサッカースタジアム

スタジアム建設予定地は周囲の木が伐採されていた。ここから来年夏に向けて建設が急ピッチで行われる 【宇都宮徹壱】

 常識的に考えれば、今治に愛媛のホームグラウンドを作るのは、かなり無理のある話だったと思う。サポーターが多く暮らしている松山から見て、今治は距離的にも心理的にも遠い存在でしかなかったからだ。加えて新都市のスポーツパークには、当初から国体や愛媛FCとは関係なく「スポーツによる地域活性」を追求するという明確な目的があった。最初にスポーツパークに作られたのが、サッカー場ではなくテニスコートであったことからもそれは明らかだ。

「もともと07年の土地利用計画段階で、この第1地区の南側の12ヘクタールの区画をスポーツパークとして整備することが決まっていましたが、国体と連動した話ではまったくありません。すでにテニスコート16面が完成していて、来年の国体のソフトテニスの会場にもなりますが、もともと今治はテニスが盛んな地域なんです。ですから、国体が終わってからも市民の皆さんに活用していただけますし、国体後も広域交流の場として、スポーツによる地域活性化の拠点としての利用が期待されます」

 そしてテニスコートに隣接して作られるスタジアムは、1周400メートルのトラックの内側に天然芝のサッカー場を併設した、3000人規模の陸上競技場の建設が計画されていたという。ところが14年11月、岡田氏のFC今治オーナー就任をきっかけに、このプランはあらためて議論、見直しがこれから進んでいく。

「岡田さんがFC今治のオーナーになり、『1年でJFLに昇格しよう』という意気込みでやっていました。四国リーグであれば、桜井海浜ふれあい広場の人工芝でもよかったのですが、いずれはJ3リーグが開催可能なスタジアムが必要となる。では、今治市は行政として何ができるか、ということで議論を重ねた結果、スポーツパークに隣接する一部区画を無償で使用していただくという方針を議会に提案しました。議決したのは昨年12月の議会でしたが、9月の時点ではその方針は決まっていましたね」

 このJ3対応の収容人数5000人のスタジアムは、用地は市行政が提供し、この整備費はFC今治側が負担するという形で建設がスタートした。長野副市長によれば「当面、JFLやJ3で使用可能な5000人規模のスタジアムを作るとしたら、今治市全体を探しても、スポーツパークに隣接したこの場所しかなかった」と語る。と同時に「スタジアムの立地としては申し分ないと思います」とも。

「というのも、この場所は松山空港へは車で70分、広島空港へは90分でアクセスできます。今治市自体は16万5000人の人口規模ですが、商圏ということを考えれば、より多くの近隣のお客さんを取り込むことができる。イオンさんも、そういう思惑があってこの場所に出店したのだと思いますが、スタジアムについても同様です。やはり16万5000人の市民だけを相手にしていて、成り立つものではないですから」

今治市民を魅了する岡田オーナーのメッセージ

2月19日の方針発表会にて。岡田オーナーの今治での影響力はスタジアム建設だけにとどまらない 【宇都宮徹壱】

 かくして、今治新都市のにぎわいの一つのピースとなる今治スタジアム(仮称)は、今年5月24日に起工し、来年の夏には完成する予定である。それにしても岡田オーナーが誕生して、わずか1年ちょっとでスポーツパークに隣接する一部区画の無償貸与が決定し、2年と7カ月ほどでスタジアムが完成するというのは、通常ではあり得ないスピード感である。そもそも地方都市で新スタジアムを建設する場合、「サッカーだけを特別扱いするのはけしからん」という反対意見が必ず起こるものだ。今治では、そうした動きはなかったのだろうか?

「それはあまりなかったですね。FC今治というクラブは、岡田さんが裸一貫というか、大きなリスクを抱えてやっていることは誰もが知っていることですから、われわれも『オール今治としてどう支援していくか』というのが根底にありました。それは議会だけでなく、市民の皆さんも同様です。『われわれが何かをしなければ』という、当事者意識のようなものを持っていただける方が明らかに増えましたね。岡田さんと接する中で『この街を何とかしたい』という思いを持った人が増えたのが、最近の一番の変化だと思います」

 岡田オーナーの影響力は、決してスタジアム建設だけにとどまるものではなかった。今治では毎年のように人口が流出し、中心街でも活気はあまり感じられず、シャッターを下ろしたままの商店が並んでいる。そうした現状の中、「この街を何とかしたい」という市民の思いに火を点けたのが、FC今治と岡田オーナーであった。ではなぜ今治市民は、岡田武史という人物に惹かれるのだろうか。長野副市長のこの言葉をもって、本稿を締めくくる。

「市民の皆さんが岡田さんに共感するのは、スポーツ面だけではなかったと思うんです。『未来の子供たちに何を残すべきか』とか『今を生きている人たちは何をしなければならないのか』といったメッセージに共感したり、感銘を覚えた人が、あまりサッカーに詳しくなくても応援に駆けつけるでしょうね。トップリーダーが『将来の街づくりはこうあるべき』というビジョンを提示することで、市民の人たちも率先して協力するようになる。これは、行政のあり方と重なる部分も少なくないと感じております」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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